第3話

「あー、クソッタレ。あのジジイ、ぜったいにゆるさない」


 隣に座る暮里はさっきからずっとブツブツ文句をいい続けている。

 最初に会ったときと同じようにビシッとスーツを着て、髪型も化粧もきちんとしていた。だが、営業スマイルはゼロ、口調も荒々しく、とても同じ人物には見えなかった。


「昨日は保険に入るとかいってたくせに、やっぱり高すぎるから一桁安くしろなんて!」


 今日は朝から怪人保険の契約締結のため、顧客の家へソラも同行していた。はじめは和やかなムードであったが、だんだんと雲行きが怪しくなり、最終的には客とケンカになりそうな勢いの暮里を引きずりながら家を出た。

 近くにあった公園のベンチに座ると怒りは少し落ち着いたようだが、まだ貧乏ゆすりと文句は止まらなかった。


「あの、ちなみに保険料って聞いてませんでしたが、いくらなんですか?」

「あ? 三年で一千万」

「いっ?! い、いっせんまんですか?!」


 想像以上の高額な保険料におもわず声が裏返ってしまう。


「対怪人用の武器だって開発費や修理費に金がかかる。それに、なにより命がかかってるんだ。安いものだろ?」

「まあ、たしかに……。でもそんなに高額だと、お金持ちしか入れませんね」

「あー、ちがうちがう。さっきのジジイは小金持ちだから一千万。ちゃんと相手を見て金額は決めてる」

「え? ということは、人によって保険料が違うんですか? それってバレたらクレームとか……」

「今のところは大丈夫だな。クレームがあったとしても、補償内容がちがうとかうまいこといっておけばいいだろ」


 そういいながら暮里は、懐からシガレットケースのようなものを取りだすと、中にあった白く細長いものを口に咥えた。タバコかと思ったが、火はつけず、咥え続けているので、興味をそそられたソラは、まじまじと見つめてしまう。


「そんなに見るな。欲しいならやる。ほら」

 

 ケースから同じものを一本とりだして、それをソラに手渡した。

 白くてかたい、謎の棒の正体がわからずソラは首を傾げてしまう。


「なんだ、もしかして知らないのか? それは飴だよ。千歳飴 っていう、七五三のときに子どもがもらうものだ」

「ああ! 千歳飴ですか。そういえば子どもの頃に舐めた記憶があります」

「私はむかしから千歳飴が好きなんだ。これはポコミが作ってくれている。原料の練乳にこだわって、甘さと味を私好みにしてある特別な千歳飴だ。うまいぞ」


 千歳飴を咥えると、懐かしいようなやさしいミルク感のある甘さが口の中にじんわりと広がる。


「久しぶりに舐めたけど、すごく美味しいです! ポコミさんって、優しくてかわいくて、さらにお菓子づくりがプロ級ですごいです」

「ポコミが優しい? アイツ、私には厳しいぞ。とくに今日みたいに保険の契約がとれなかったときは。さて、どう言い訳をするか……」

「あの、ポコミさんに聞いたんですが、暮里さんはむかし、戦隊メンバーだったんですよね? なぜ怪人保険に入った人だけを救うようになったんですか?」

「ポコミはまた余計なことをペラペラと……」


 暮里は深いため息を吐きながら渋い顔をして腕組みをする。


「戦隊に所属していたころ、怪人の攻撃で町がひとつ焼けたことがあった。そのときに助けた子どもにいわれたんだ。『このまま死にたかったのに、なぜ助けたんだ。世界が滅べばいいのに、なぜ邪魔をするんだ』ってな」


 うつむいて話す暮里の表情は固くこわばっていた。


「その子は、もしかして、とてもつらい境遇にいたんでしょうか?」

「……そうだ。その子はとても貧しい家庭に生まれた子だった。このまま怪人が暴れて世界が滅んでくれたら金持ちも貧乏人も平等になると思っていた」

「その子の気持ち、わかります。わたしもよくそういうことを考えていましたから……」

「そうか。当時の私にはそのことがショックでな。良かれと思って救ったことが、ただの押しつけにすぎなかったのだから。それで助けを必要とする人を事前に知りたいと考えるようになったんだ。だから怪人保険を始めた」


 ソラには善意を否定された暮里のそのときのショックな気持ちもわかるし、その子どものすべてを憎みたくなる気持ちも痛いほどわかった。

 そして、暮里がこの怪人保険の契約者だけを守るという方法も、一見つめたそうに思えて、実は気持ちを踏みにじりたくないという優しさからだったのだと知った。


「わたしを暮里さんの事務所で働かせてください」

「そうか。ポコミにどやされずに済みそうだ。よろしく、ソラ」


 差し出された手を握る。ソラは初めて暮里の笑顔を見た気がした。



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