3-12
玉藻と葛葉は校庭に鎮座したプールの前まで来ていた。
今は午後の授業中のはずだが、幸いにも校庭には誰もいない。
以前は夜だったが、昼間に改めてみるとなかなか巨大なプールだ。もっとも、学校のプールとしては平均的な大きさなのだが、いざ学校を卒業してしまうとなかなか見る機会がない。しかも玉藻と葛葉はあまり[一般的な学校]に通ったことがないので猶更見慣れないのだ。
「ここね。確かにこの近辺だけ瘴気を感じる」
葛葉がプール下の土台部分を覗き込みながら言った。
「でも、この距離まで近づかないと分からなかった。もっとあふれ出ていても不思議じゃないのに」
「これは私の想像だけど、しずくちゃんが抑え込んでいるんじゃないかな?」
玉藻がそう言うと、葛葉は少し首を捻る。
「ううん、確かに呪いの本体であるしずくちゃんが、周囲への影響を多少制御できる可能性はある。でも、それって彼女に自我があるってことになるわよ?」
「………あるんじゃないかな。そんな気がする」
玉藻がそう言うと葛葉は腕を組んだ。
「ふーん………だとしたら、それは何か強力な想いが成せる技なのかも。ただの霊や呪いじゃない。大怨霊と言っても過言じゃない」
葛葉が真剣なまなざしで言う。
「そんなのが学校のプールの下に眠ってるなんて、七不思議もびっくりね」
玉藻はプールの周囲を確認しながら言った。
「ていうか、あなた一回対峙したんでしょ。どうだったの?」
「金縛りで動き封じられて殺されそうになった」
「………あなた、あまり自覚ないみたいだけど、あなたの体って呪術や瘴気、エーテルに対する耐性が滅茶苦茶に高いのよ?あなたの耐性が石ころぐらいだとしたら私はミカヅキモぐらいかしら」
よくわからない例えだ。たとえ話が下手なのだろうか。せめて無機物と有機物のジャンルぐらいは合わせてほしい。
「この前、私の張った公衆電話結界の防衛術式を気合で無理やり突破してたけど、あれ、普通は死ぬわよ。よくて瀕死の重傷かしら」
「え!マジ?」
「マジよ。そんなあなたに金縛りかけて行動封じてくるなんて相当手強いと考えたほうがいいわよ。私なら死んでたかも……」
「そうだったのか………」
玉藻は確かに昔から呪術や霊に耐性があった。部外者を遮断するために修行場に張り巡らせた結界を簡単に突破して見せたし、低級霊であれば殴るだけで倒せる。
ただ、一方で自らも術式を使うことがあまりできない。
結界術、捕縛術、探知術、追跡術、攻撃術、防御術、隠遁術等など。玉藻が知っているだけでも様々な術式があり、葛葉のような術者はそれを状況に応じて使い分ける。
しかし、玉藻はあらゆる術式がうまく発動しない。まるで体が術式を拒絶しているかのように、不発になったり威力が無かったり。
故に玉藻はどんなに修行してもまともに術を使えない落ちこぼれとして扱われ、いまだに我流の技以外はほとんど使えない。
玉藻も漠然と「体質のせいかなー」と思っていたが、同じような体質の人間はそうそういないし、記録も無いので比較することができなかった。
「あなたは妙に頑丈だと思ってたけど、明らかに耐性があるわ。でもそれに頼ると本当に死ぬわよ。無敵ってわけじゃないんだから」
「まあ、確かにこの数か月で三回は死を覚悟したような気がする」
玉藻がそう答えると、葛葉は黙った。三回のうち、一回は葛葉がきっかけになっていることを思い出したのだ。
「………まあ、いいわ。じゃあ、本題に入りましょう」
ごまかすように言って、葛葉は組み紐をカバンから取り出す。華麗な手さばきでさっと長い黒髪をまとめた。
これが彼女の仕事モードだ。
「まずはこの周囲に結界を張るわ。認識疎外と外部からの侵入防止。あとは瘴気やその他もろもろが外部に出ないように」
「お願いします」
玉藻がうなずく。
「その後、あなたがプール下に入り、目標を祓う。できそう?」
「オーケー。ちなみにあの箱、どうやって祓うのがいいかな」
「箱内部には呪いの核があるはず。封印術とは、言ってしまえば極小の結界なのよ。もちろん通常は防衛術式も同時に展開されるわ。迂闊に開けると危ないかもしれない」
「前に見たときはすでにバラバラだったからなぁ」
玉藻はバックからペットボトルのコーヒーを取り出し、一口飲む。今日も相変わらずブラックだ。
「………あなた、まさかノープランでここまで来たの?」
葛葉が呆れを通り越して、戦慄した表情で尋ねた。
「え、いやいや、そんなことは……ないよ?大丈夫大丈夫!」
玉藻が手を振ると葛葉は鋭い目でにらみながら「死んだら承知しないわよ」と言った。
「まあ、いざとなったら紺右衛門も呼べるし」
「そういえばいたわね」
葛葉は頷いた。
「今頃どこかで酔っ払ってそうだけどね………」
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