3-10
いきなり饒舌に喋りだした葛葉に若干圧倒されつつも、一応話は理解できたらしい。
マサトは何度か小さく頷いた。
「な、なるほど。確かに私も気になります……もし、娘を騙した奴がいて、それがあの件と関係しているなら……許せない」
それに対して、葛葉は余所行きな声色で優しく続ける。
「該当の人物としずくさんはパソコンでやり取りしていた可能性があります。その履歴が残っていないかだけ、確認させていただきたいのです」
「わかりました。そういうことであれば。……ただ、あれから一度も電源を入れていません。動くかどうか……」
「じゃあ、後は任せたわよ」
小声で玉藻の耳元で葛葉がささやく。
「あ、じゃあ、まずは配線から確認してみましょうか」
玉藻はそう言いながら葛葉にこっそりサムズアップして見せた。
それから玉藻とマサトは配線の確認をしつつ慎重にパソコンを起動した。画面にはWindows95のロゴが表示されている。
葛葉は機械に弱いので後ろから作業を見守っていた。
「このパソコンは、娘が一時引きこもるようになってしまったときに、買ったんです。私も機械はそんなに強くありませんが、インターネットならば自宅にいながら世界とつながれる。娘には人生を諦めてほしくなかった。楽しいこともあると知って欲しかった。それがもし、悪い方向に転がっていたなら………」
マサトは残念そうにブラウン管式のモニタを撫でる。
「きっといい影響もありましたよ」
玉藻はモニタを見つめながら言った。
パソコンは30分ほど経過すると、ようやくデスクトップ画面が表示された。パスワードはかかっていなかった。
デスクトップにはいくつかのソフトが表示されている。
その中でメールアプリをマサトに確認してから玉藻は開いた。
受信ボックスは特に使用された痕跡がないことが分かった。無論送信ボックスにも履歴はなかった。
次に玉藻はWEBブラウザを開く。だがここで、この端末が現在ネットにつながっていないことを思い出した。
つないで確認したい気持ちはあるが、当然Wi-Fiは非対応だし、何といっても、20年間アップデートが行われていない端末をネットに接続するのは危険と判断した。
やむを得ないので、せめてお気に入りリストだけでも見させてもらおうとしたところだった。
「これ、怪しいかも」
玉藻が見つけたサイトは悩み事相談掲示板だった。
当時はチャットや掲示板サイトの全盛期。今のようなSNSがない時代に、未知の誰かと会話ができるというのは非常に刺激的だったのだろう。
その中でも誰もが心に秘めた悩みを匿名で吐き出す事ができるこの手の掲示板は昼夜を問わず賑わっていた。
玉藻は掲示板サイトのURLをスマホで検索してみたが、残念ながらすでに跡形もないようだった。
「うーん、サイト自体が消滅してますね」
仮に残っていたとしても20年前の履歴を確認できるかというとかなり怪しいが。
「まあ、どうやらネットから知識を得たらしいってことはわかった」
こんな危険な禁術をネットに垂れ流す頭のおかしい者が20年前にいたという事実は今後詳しく調査したほうがよさそうだが、今はこれ以上の調査は難しいし、本筋からずれるので一旦置いておく。
改めてノートを確認する。必要な道具、手順、術式、組み立て方などが丁寧にメモされている。
「あら?」
その時、葛葉が何かに気が付いた。
「どうしたの?」
玉藻が尋ねると、葛葉はノートのとあるページを指さした。
「ここ、間違っているわ」
「間違ってる?」
「ええ、これでは完成しないはず。いえ、途中まではあってるから部分的には機能するのかしら。でも、一番最後の最も重要な封印が間違っているのよね。だから、押し込まれた地獄は…………増幅して徐々に漏れ出す?」
葛葉はほかのページもめくり確認していく。
「……ううん、ここまではあってる。だけど最後だけ間違うことなんてあるのかしら。意図的に術式を差し替えた?この術式は………違う、これは閻獄じゃない………」
そこまで独り言のようにぼそぼそと呟いていた葛葉が何かに気が付いたかのように急に黙る。
「何かわかった?」
「…………これは、その……わからないわ」
玉藻が尋ねると、葛葉は少し躊躇した後、そう答えた。
葛葉がこのように言いよどむのは珍しい。
だが、どうやらこれ以上はわからないようだ。
「見せていただきありがとうございました」
玉藻はお礼を言って、ノートを元あった場所に戻した。
「うーん、そのノートについては、私にはよくわからなかったが……娘が最後に考えていたことが少しわかった気がするよ」
マサトは少し悲しそうに言った。
「あの子は、やはりこの世界を、私たちを恨んでいたんだね………」
「それは!………たぶん違います……」
葛葉がさえぎるように言った。
「彼女は……恨んでも、呪ってもいない。ただ、ただ上手くいかなかったんです。悪意に邪魔されて、利用されて、ゆがんでしまった。それだけなんです。おそらく………」
葛葉はうつむきながら絞り出すように言った。
「………私はあなたを信じるよ」
マサトが葛葉の方に手を置く。
「お嬢さん、ありがとう。娘のために泣いてくれて。ありがとう」
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