3-9
「……なるほど」
マサトは少し考えていたが頷いた。
「わかりました。ご案内します」
「ありがとうございます」
玉藻と葛葉はマサトに頭を下げた。
「ただし、置いてあるものには勝手に触れないでください。私もあまり触れないようにしているので」
(これは部屋があるな)と玉藻は思った。それも当時の状態を保存した部屋が。
その後、玉藻と葛葉はマサトに続いて二階に上がり、突当りの部屋の前まで来た。
「ここが………」
特に変わった感じはしない。ただの扉だ。ドアノブを捻ってゆっくり開ける。
そこは小さな窓のある部屋だった。ベットに勉強机、カラーボックスの本棚。その上にはCDラジカセ。ベッドの上には当時はやっていたキャラのぬいぐるみが置かれている。勉強机の脇にも棚があり、旧式のデスクトップパソコンが置かれている。床には読みかけと思われる漫画本が数冊積まれていた。しかし、床や家具の上には、埃はほとんど落ちていない。壁かけ時計は今も正確な時間を刻んでいる。
20年間、時間が止まったままの部屋がそこにはあった。誰も住んでいない、主のいなくなった部屋を、この父親は20年間維持し続けたのである。
それは冷静に、そして客観的に見れば、少し病的だと思われた。20年という時間はそんなに短くはない。ひと時も折れることなく、亡くなった娘の部屋を掃除して維持し続ける父親。彼もしずくちゃんの呪縛にとらわれているのかもしれない。
「少し見ても良いですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
玉藻はその空間に足を踏み入れる。その瞬間ゾワリとした嫌な寒気が背筋を抜けた。この完成された部屋にとって、玉藻は異物なのだろう。
玉藻は一瞬躊躇したが、気を取り直して先に進む。
まず気になったのは勉強机だった。中学校の教科書やノートが積んで置いてある。
さっきまで勉強していたかのように開かれたままのノートもあった。古典の書き取りでもしていたのだろうか、古い字体の文字が書かれている。
それを見た葛葉が玉藻の手を握る。
「ん?」
「あのノートに書いてあるの、封印の術式の一部」
葛葉が耳元でささやく。
「あの、このノート、少し見ても良いですか?」
すぐに玉藻が尋ねると、マサトは少し考えたあと頷いた。
「……かまいませんが、この手袋をつけてください。私もふだんからしているので」
「ああ、手袋は自前のものがあるので。承知しました」
玉藻が葛葉の分も白い布手袋を取り出す。
「では、少し失礼します」
葛葉はノートを慎重に手に取ると、ペラペラと確認する。
「そのノートは、私も気になったのですが、全然解読できなくて。しずくは日本史が得意だったのでその関連のことかなと思っていたのですが。何かわかりますか?」
だが、葛葉は聞こえていないのか、質問には答えず、ノートのページをめくり続けていた。
「……あった」
葛葉があるページで手を止めた。そしてその内容を玉藻に見せる。
「見覚えあるんじゃない?」
「……うん、間違いないね」
それは、正方形の箱の展開図だった番号が振られ、そこに古い字体の文字がみっちりと書き込まれている。
それは閻獄内部の展開図だった。同じページにはパソコンでプリントアウトしたと思われる製造方法に関する記述が張り付けられている。
「いったい何が……?」
不安そうにマサトが尋ねた。
だが、それには答えず、玉藻は逆に質問する。
「事件が起きる前、しずくさんは誰かと会っていませんでしたか?」
「え……うむ、当時は色々あったのではっきりとは覚えていませんが、学校から戻るとこの部屋に籠っていたと思います。特別誰かと会っていたようなそぶりは感じませんでした」
「ということはパソコンだ」
玉藻は古いデスクトップパソコンを指さした。
「すみません、これの電源を入れることは可能ですか?」
マサトは驚いた表情を浮かべ、制止するように両手を開いて前につき出した。
「いや、ちょっと待ってください。いったい何が何やら。そのノートは何だったんですか?どうしてパソコンを?」
玉藻はどう伝えるべきか悩んだ。ノートの内容が呪具、しかも禁術に相当するものと説明しても、一般の人には理解してもらえないどころか、不審なカルト宗教の類と認識されてしまう可能性がある。
「えーと………」
言い淀んでいると、葛葉が唐突に語り始めた。
「いきなりすみませんでした。順番に説明させていただくと、どうやらこのノートの内容はいわゆる不吉なお守りというような、当時流行ったオカルトな小物の製造方法のようです。そして、見せていただく限り、その製造を何者かの指示で行った痕跡があります」
「オカルトなお守り?いや、あの子はそういった類は苦手だったはずだ………」
葛葉がうなずく。
「ええ、この部屋を見ればわかります。それにもかかわらず、こういった情報を収集していた理由を私たちは知りたいのです」
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