3-6

 ここに無いとなると、根本的に玉藻の推理が間違っていて、呪いの類ではなく単なる怪異だった可能性もある。そう思っていた時だった。

 玉藻は背後に気配を感じた。

 振り返ると一人の少女が立っていた。こちらを向いていないので、顔は見えなかったが、懐中電灯に照らされたのはこの学校の制服だった。


「あなた………しずくちゃん?」


 玉藻が問いかけると、それには答えず、彼女は別の方向を右手で指さした。

 その先を目線で追うと、どうやらこの学校のプールの方を指しているようだった。

 玉藻が視線を戻すと、女子生徒はいなくなっていた。


「……行ってみますか」


 そう呟くと玉藻は立ち上がった。

 プールは校庭の角の方にある。野外にあり、屋根などはない。地表面に鉄骨を組んでその上にプールが設置されているタイプだった。


 暗闇の中、校庭を歩いてプールに近づく。

 その時、ふいにめまいのような感覚に襲われる。得体の知れない感覚。瘴気や呪いではない。しずくちゃんの感情?怒りの業火というよりは悲しみと絶望に満ちた津波。

 思わず立ち止まり頭を押さえる。

 間違いない。ここにある。


 玉藻はプールに近づくと、鉄骨で作られた基礎部分を確認した。

 見てみると、やはり底面下には空間があり、非常に狭いが人ひとりなら潜り込めそうだ。

 懐中電灯を片手にもぐりこむ。プールの底面下には注水、排水用の配管やバルブが並ぶ。そこからさらに四つん這いで進む。すると奥のほうに奇妙なものが見えた。一番奥の壁際、誰の目にも触れないような場所にコンクリートブロックが二つ並べて置かれている。そしてその上におもちゃのドールハウスのようなものが置かれていた。汚れや破損は見られないが、おかれてからずいぶん経っているように見える。


「…………………」


 それを見つけた瞬間、玉藻は言葉を失った。

 直感でわかる。これは祠だ。祠のつもりで彼女が作成した祭壇なのだ。

 緊張と恐怖心で鼓動が早くなるのを感じる。

 ドールハウスはヒンジがついており、中央で開くことができる作りのようだ。

 しかし本能が開けてはならないと忠告している。

 だが、それとは裏腹に手はドールハウスに伸びていた。

 ゆっくりとドールハウスを開く。

 中には小物を収納できるぐらいのスペースがあり、そこには一つの絡繰箱が収められていた。20年前のあの日に見たものとよく似ている。


「……え、閻獄………」


 玉藻はその恐ろしさを知っている。それを製造するためにどれほどの地獄を経験する必要があるのかも………………

 しかし、それは幸いにもまだ未開封のように見えた。

 玉藻は閻獄には触れないようにして、そっとドールハウスを閉じる。

 横を向くと、少女が体育座りをしていた。


「……あなたが、これを……?」


 少女はうなずいた。


「どうして私をここに……?」


 玉藻がそう尋ねると、少女は封筒をポケットから取り出した。それを玉藻に差し出す。それはボロボロでぐしゃぐしゃに握りつぶされたのを一生懸命伸ばしたように見えた。表面には赤茶色の染みができている。


 玉藻がそれを受け取ると、少女は闇に溶けるように消えていった。


 玉藻はプール下から這い出して、保健室に戻った。

 校舎に入るころにはめまいは消えていた。

 椅子に腰かけてペットボトルのブラックコーヒーを飲む。


「ふう……」


 コーヒーの香りが精神を落ち着かせる。手の震えが徐々に収まっていく。


「こんな時は、本当は甘めのホットが飲みたいね」


 ボトルをカバンにしまいながらそんな独り言をつぶやいた。


「さて、これを見てみるか」


 落ち着いてきたので、玉藻は机の上に置いていた封筒を確認する。手のひらに乗る程度の封筒。元は白かったのだろうが、今は黄ばんだり染みがついてしまっている。

 表にも裏にも何も書かれていない。

 なるべくきれいに開封すると中には折りたたまれた手紙が入っていた。

 中の手紙も劣化してしまっていて、今にもちぎれそうだった。玉藻は慎重に手紙を開く。


「先生へ…………」


 まず目に入ったのはその文字だった。どうやらしずくちゃんが先生に宛てたものらしい。

 だがそこから先は赤茶色の染みで文字が滲んでしまい読むことができなかった。


「これを私に……なぜ?」


 玉藻は腕を組んで考え込む。


「呪いの元凶はこの手紙と閻獄で間違いない。それを作ったのも、隠したのもしずくちゃん自身。では、何が狙い?そもそも、どうやってあれを作った?」


 手紙に視線を落とす。


「先生ってことは……当時担任だったあの教頭?担任の先生に何かを伝えようとしていた?それを伝えるために現れるの?」


 集中するために目をつむる。


「そもそも、どうして今日来たばかりの私に託した?何が目的なの?」


 その時、保健室のドアが開く音がした。

 教頭だろうか。


「ああ、すみません、今取り込み中でして、もう少しかかります」


 玉藻が目をつむったまま言うが返事がない。

 ドアが閉まった音だけが聞こえた。


「………あれ?」


 目を開くと、目の前に女子生徒が立っていた。だが、肌は白く、顔は見えない。最初髪が長いとか、逆光だから見えないのかと玉藻は思った。しかし、実際は違った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る