3-5
「さて、どこから見ようかな」
とりあえず階段を上って最上階まで来てみる。なんてことはない普通の中学校だ。階段や手すり、塗装が剥がれたりしている壁を見ると年期は感じるが汚いという印象はない。構造もシンプルで、航空写真で見ると横長の長方形という感じだ。廊下の端に立つと反対側の端まで見渡すことができた。
「なんだか懐かしいなぁ」
もちろん玉藻はこの中学の出身ではないし、何ならその生まれ故一般的な中学校に通ったことすらないが、それでも不思議と懐かしさを感じる。
窓から差し込む夕焼けや、廊下に張り出された学生たちの作品がそうさせるのかもしれない。
まだ18時までは少し時間がある。玉藻は確認がてら、学校内を散策した。
噂の家庭科室や、音楽室、理科室も確認したが、意外なことに特に変わったことはなかった。少しぐらい何かの痕跡があっても不思議ではないと思うのだが。
玉藻は適当な教室から椅子を一つ借りてきて、廊下に置いた。そこに腰かけて一息つく。
「17時58分……もう少しか」
周囲を見渡すが、やはり変化はない。
このまま何も変化がなかった場合、今回の依頼はわずかな調査料と交通費しか出ない。それは困ったなぁと思いつつ、玉藻は窓の外を眺めた。
今日は良い天気だったが、夕日はすでにほとんど沈み、空調設備のない廊下は段々肌寒くなりつつあった。
今日は何時まで粘ろうかと玉藻が考え始めたころ、チャイムが鳴った。
よくある学校のチャイム。18時になったのだ。
そして、チャイムが鳴り終わり、余韻も消えるころ、変化があった。
廊下の電灯が突如、すべて消灯したのだ。
わずかに見えていた夕焼けも完全に沈み、夜が訪れようとしている。
このような時間を
文字通り、魔物に遭遇するといわれる時間である。
「電気を消したのは……教頭じゃないよね。自動で消えるような高度な設定ができるようにも見えない。始まったか……」
玉藻は椅子から立ち上がる。そして背負っていた学校指定のリュックから持参した懐中電灯を取り出した。
「さて、それじゃ行きますか」
玉藻はまずは家庭科室に再度向かった。壁に取り付けられたスイッチを押すと蛍光灯が室内を眩しく照らした。異常はない。
「うーん、やっぱりここじゃないんだよね」
怪異が現れる場所として一般的なのは、やはり事件現場だ。そこは様々なものがしみ込んでしまう。感情、魂、体液。それらは清掃したとしても簡単には消えない。
だが、家庭科室はそういったしみ込みが無いわけではなかったが、明らかというほどでもない。
本当に怪異(もしくは呪い)がいるのだとすれば、発生源は別にありそうだ。
玉藻は廊下に出ると壁に手をついた。そして目を閉じてみる。
この建物の構造は先ほどの下見でおおむね理解していた。
何か感じる場所はないかと感覚を研ぎ澄ませる。
だが、校舎内にはそれらしきものを感じることはできなかった。
「……もしかして外なのか?」
玉藻がそう呟くと、答えるかのように、屋内消火栓の赤いランプが瞬いた。ような気がした。
それから玉藻は1階に降りて昇降口から外に出た。グラウンドは誰もおらず、夜間用の電灯も消灯している。空はわずかに明るいが、すっかり夜だ。
「呪いの類であれば、どこかに印があるはず……」
呪いは自然発生する類のものではない。根源的な「呪い」とは「言葉」そのものを指す。些細な一言が他人や自分の人生を狂わせることもあるように、言葉には想いがこもるものだし、それゆえに大きな力を持つ。だが、今回のように規則性にのっとり特定の人物に影響を及ぼす呪いは、基本的には意図的に記録、保存された憎悪によって引き起こされる。保存したということは、何らかの形でどこかに存在していることになる。
もしもしずくちゃんが呪いを作成し、どこかに隠すとしたら……その憎悪の元凶に対する復讐が目的だとしたら、一体どこに隠す?
「私なら永久に取り出せないような場所、絶対に気づかれない場所に隠す」
玉藻は校庭の中心まで歩き、そこから周囲を見渡した。
校舎の中は、頻繁に人の出入りがあるし大掃除などで定期的に確認されてしまう。隠せる場所は多いが、永久的という条件に当てはまらない。
では、校庭はどうだろう。相当深く掘れば、そう簡単には掘り返されないだろう。
だが、中心付近でそんなことをしていれば目立つし、校庭は細かい砂のような土質なのでそもそも物を埋めるにはあまり適していないように見える。
であれば校舎裏の花壇エリアか体育館裏のスペースか。
花壇は定期的に植え替えが行われるだろうから不向き。そうなると答えは絞られてくる。
そして、玉藻は体育館裏に赴いていた。
そこは背の高い木が何本か生い茂り、角度的には校舎からは完全に死角。校庭からも見えない。外部の道路と面しているが、外の道は下り坂となっており、生け垣のように生えた草木もあって外の様子はほとんど見えないし、外からも見えないだろう。
玉藻は地面に右手をついてみる。この辺りに何かあれば感じるものがあるはずだ。だが、何かありそうな気はするが、これといった当たりは無かった。
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