3-4

「えぇ!私が?!」


 驚く教頭。


「彼女は、私を……恨んでいるのでしょうか……」


「さあ、それは彼女に聞かなければわかりません。でも、あなたが学校にいることが原因の一つになっている可能性が高いですね」


「どうすればよいでしょうか……?」


 教頭は困った顔で尋ねる。


「とりあえず現場を見させていただいて、その後処置を行います。報酬は成功報酬でかまいませんが、金額は先ほどお渡しした見積書通りと思ってください。追加で費用が発生した場合は実費請求させていただきます」


 玉藻が業務用スマイルで答えると安心した様子で教頭はうなずいた。


「わかりました。ではいつ頃来ていただけそうですか?」


 玉藻はカレンダーを確認する。


「そうですね……では三日後の金曜日でいかがでしょうか」


「結構です。よろしくお願いいたします」


 教頭が玉藻に頭を下げた。契約終結だ。


「いやはや、先ほどはお恥ずかしいところをお見せしました」


 教頭は顔をハンカチで拭ってから恥ずかしそうに言った。


「ああ、お気になさらず。ここに来る人はだいたいそうなりますから」


 玉藻は教頭にサインしてもらった契約書を確認しながら言った。


「いやしかし、私の話を聞いただけでそこまでわかるなんて。安楽椅子探偵さながらですね」


「ははは、褒めても値下げはしませんよ」


 玉藻は軽くあしらう。


「おっと、そろそろ次の依頼人が来る時間だ。申し訳ないが詳細は後日……」


 無論そんな予定はないが、こう言うととても繁盛している感じがするので、玉藻は帰り際の客によくこう言う。


「はい、承知しました。ではこれにて失礼いたします」


 教頭は来た時よりも少し晴れやかな顔で帰っていった。


「……なかなか重たい案件じゃな」


 それを待っていたかのようにパーテーションの奥から紺右衛門が現れる。


「久々のA級って感じだね」


 玉藻は伸びをしながら答える。


「20年前って……私まだ小学生か」


 玉藻が呟く。


「ちょうどお主の初仕事があったころじゃな」


 紺右衛門が懐かしむように言った。


「初仕事って……閻獄のやつだっけ?」


「そうじゃ。公式記録ではな」


「そっか」


 玉藻はペットボトルのコーヒーを飲みほした。

 当時のことは今でも覚えている。玉藻にとって、あの事件は初仕事であり、政府が管理する公式記録の最後の記録でもあるからだ。

 それは玉藻にとって、あまりいい思い出ではなかった。


「……やっぱり今日のは苦いや」


 ◆◇◆


 そうして三日後の17時。玉藻は●●中学の職員室を訪れていた。今日は紺右衛門は同行していない。紺右衛門がいることで呪いの発動条件を満たさない可能性があるからだ。

 まあいざとなれば狐玉があるので紺右衛門もさほど心配はしていなかった。


「いやあ、本日はご足労いただきありがとうございます」


 この前とは打って変わってニコニコと笑顔の教頭が出迎えてくれた。

 玉藻はその落差を若干不気味に思ったが、表情には出さなかった。


「いえいえ、それはいいのですが……これ、本当に着なきゃだめですか?」


 玉藻が手にしていたのはこの学校の女子用セーラー服だった。


「そうですねぇ、今のところ教員に被害がないことを考えると、やはり服装は重要かと………」


 真剣な面持ちで教頭は言う。


「うううん、まあ、一理ありますが……」


「でしょう?保健室を開けておきましたので、どうぞそこでお着換えください。あそこならカーテンもあるので」


「うーん、わかりました………」


 釈然としないし滅茶苦茶恥ずかしいが、どうせ目撃者はいない。せいぜい教頭だけだ。そう玉藻は自分に言い聞かせる。今回の案件、収入はいい。つつましく暮らせば半年は余裕で持つぐらいの大金だった。背に腹は代えられない。

 

 玉藻は渋々保健室に向かった。

 扉に鍵をかけ、なるべくさっさと着替える。

 着替えを終えて、裾と髪型を軽く整えて、壁際にあった姿見で全身を確認する。


「うっわー、きついよやっぱり……」


 渡された制服のサイズはピッタリだった。しかし、玉藻は165cmと比較的長身で尚且つ金髪というまず中学生にはいないであろう外見だ。やはり本人目線では違和感が強い。


「く、屈辱的ですらある……でも、うーん……」


 玉藻は報酬のために恥を忍ぶことにした。恐る恐るドアを開け、保健室から出ると教頭が保健室の前で待ち構えていた。


「げえ、どうしてここに……」


 思わず本音が漏れる。


「いや、まだ学校をご案内していなかったなと思いまして。いやしかし、なかなかお似合いですねぇ……」


 教頭はなめるような目線で玉藻の全身を観察する。

 嫌悪感を伴う悪寒が背筋を走り抜け、玉藻は思わず身をすくめた。


「ええと、とりあえず大丈夫です、怪異が出てこないと困るので職員室でお待ちください」


 何とか平静を保ってそう伝えると、一瞬何か考えていたが、教頭はうなずいた。


「わかりました。では階段までご案内してから私は戻らさせていただきます。何かありましたら職員室にお越しください」


「承知いたしました」


 そうして中央階段まで案内してもらい、道中で簡単な説明を受けた。

 校舎は4階建て。屋上はあるが封鎖されている。建物は築40年ほどで古い。

 今日は教頭以外の教員は帰宅している。生徒の下校も確認済み。教頭以外の人物がいた場合は怪異の可能性が高い。

 簡単に言えば、そのような内容だった。


「わかりました。それではしばしお待ちください」


 そういって玉藻は階段を上り始める。視線を感じて振り返ると、教頭がいやらしい笑顔でこちらを見ていた。


(きっも!もしかして下着を見ようとしてる?ひえ、こんな変態おやじだったとは……)


 玉藻は紺右衛門を連れてこなかったのは失敗だったかと少し後悔したが、今の姿を見られたら一生笑い話にされそうなので、まあいいかと思い直したのだった。

 玉藻が単独で行う仕事は実は珍しくない。というのも、ああ見えて紺右衛門は稲荷神の欠片なので周囲の怪異に対して多かれ少なかれ影響を与えてしまうのだ。

 でできてほしいのに隠れてしまったり、逆に必要以上に呼び集めてしまったこともある。

 そのため、こういう単独の怪異は玉藻が一人で祓うことも多かった。

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