3-3
すぐさま女子生徒の方を確認する。すると、奇妙なことが起きていた。
廊下の電気は確かに点灯した。ただし一箇所を除いて。
女子生徒の真上の蛍光灯だけが、点灯しなかったのだ。
だが、だいぶ明るくなった。女子生徒はやはり●●中学の女子用制服を着ていた。後ろ姿だったので顔は見えなかったが、おさげにしている黒髪が印象的だった。
「………こんばんは」
Aさんは声をかけた。同級生に背格好が似ていたため、その人物かもしれないと思ったからだ。しかし、女子生徒は振り向きもしないし返事もしない。
そのあたりでAさんは何かおかしいと感じ始めた。そもそも、同級生だったとしたらこんな時間に暗い廊下で佇んでいたのだろう。
どうして振り向きすらしないのだろう。
どうして身動き一つしないのだろう。
恐怖がじわじわと体の内側から沸き起こる。声を上げたい、叫びたい。でも彼女は口を手で押さえて堪えた。
今声を出してはいけない。これ以上刺激してはいけない。
なるべく足音を立てないように静かに後ずさる。目線は女子生徒から外せない。瞬きすら怖かった。
そうしてAさんは階段までたどりついたあとは降りるだけだ。
視点を階段に移してなるべく早く、静かに降りる。
そして半分下って踊り場についた時、Aさんは上の階の廊下を振り返った。
………誰もいない。
安堵する。
よかった、追ってきていない。たぶん見間違えなんだ。勘違いなんだ。気のせいなんだ。自分に言い聞かせて落ち着こうとする。その時、視界の端に違和感を感じた。
何だろう、見てはいけないものが見えてしまった気がする。
だとすれば、もう見ないほうが良いに決まっている。しかし、自分が見てしまったものが気のせいだと確かめたい。
Aさんは階段の上をもう一度よく見た。
階段と廊下が接続する曲がり角、その壁に手が見えた。
まるでこちらを覗き込もうとするかのような指が3本。
薬指があるはずの場所は、ぽっかりと開いていた。
「………それが、最初の目撃談です」
教頭は話終え、一息ついた。
「その後、Aさんは?」
「亡くなりました」
玉藻が尋ねると、教頭はあっさりと答えた。
「この話を聞き取った数日後に、学校近くの池で見つかりました。事件性は無いと、警察には言われたそうです」
「……………」
玉藻はブラックコーヒーを口に含む。いつもより苦いと感じた。
「それから同様のことが三件起きました。きっかけは十八時以降に校舎に踏み入った場合です」
「教員の方はどうしてるんですか?」
生徒は夜の学校に用はないだろうが、教師はそうもいかないだろう。
「それが、我々教師陣は一度も見たことがないのです。被害にあうのは決まって女子生徒なのです」
「なるほど」
玉藻は腕を組んだ。
「それは心霊現象や怪異というより呪術ですね」
「呪術……?」
呪術。それは特定の目的、強い情念、願望を叶えるために行う儀式的な手法、術式のことを指す。
このしずくちゃんの件については、発動に条件あると思われる。
18時以降の学校であること。そして女子生徒であること。それらがそろって初めて発動する。
「つまり、無差別に暴走している類のものではなく、特定の誰かを狙った明確な呪いというわけです」
玉藻がそう説明すると、教頭はまた汗を拭いた。
「それで、その後しばらく収まっていたそうですが、その理由については?」
そう聞くと教頭はもじもじしながら答えた。
「それが………その、はっきりとはしないのですが、私が転勤になったとたんに収まったというのです………」
「ん?というと?あなたは生前のしずくちゃんに会ったことがある?」
そう聞くと教頭はうなずいた。
「はい……私はあの子の担任でした……」
教頭はうつむいた。
「私が30を過ぎたころ、彼女のクラスを受け持ちました。最初は何事もなく、平和なクラスでした。でも、彼女の妊娠が発覚したあたりからすべてがおかしくなっていったんです。私は何とかしようとしました。だけど………なにも………できなかった!うあああああん!」
ついに教頭は泣き始めた。玉藻は(面倒な依頼受けちゃったな)と思いつつも、仕方ないので教頭を慰める。
「まあまあ、落ち着いて。コーヒーでも飲んでください」
教頭の前に500mlのペットボトルを置く。
「ううう」
教頭は鼻をすすりながらコーヒーを飲んだ。
それからしばらく、すんすんと鼻を鳴らしていたが、落ち着いてきたようなので玉藻は話しかけた。
「えーと、結局、しずくちゃんの一件があった後、あなたは転勤となり、被害は収まったかのように見えた。しかし、教頭として再赴任したら、呪いが再開した。そんな感じですかね?」
玉藻が尋ねると、教頭は黙ってうなずいた。
「そうですか、そうですか」
玉藻は少し考えた後こういった。
「教頭先生、あなた呪われてますね」
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