2-13
死んだ人間の魂がすべて怪異や霊になるわけではない。魂を呪術的に加工することで怪異へと変質する。ゆえに怪異となり果てた魂は元に戻ることはない。
『イタイヨォ……』
『カエリタイ……』
『ユルサナイ……』
怪異たちは思い思いにセリフを吐くがこの言葉に意味はない。ただ、それらは彼らの生前最後の言葉であるケースが多い。
救いようのない哀れな存在だが、唯一の救済方法は除霊という名の魂の焼却(浄化ともいう)を行うしかない。
玉藻はポケットからスマホを取り出す。
数が多かろうとも、来ると分かっていれば対処法はある。
「あんた、なにもわかってないね。霊や怪異が怖いと感じるのは狭い室内で突然出てくるからでしょ。こんな開けて明るい場所で襲われてもなんともないのよ」
スマホの画面を点灯し前に突き出す。
画面のバックライトが強烈に輝き、白い光が周囲を照らす。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』
断末魔のような、生理的嫌悪感を伴う叫び声が響く。
何本もの漆黒の腕が玉藻に向かって伸びるが、バックライトの光を浴びるとそれより先に進めなくなるようだ。そう、これはただのライトではない。スマホの画面には護符.pdfをあらかじめ表示していた。
玉藻はスマホを左手で構えつつ、右手を後ろに伸ばす。
「紺右衛門!刀を!」
「御意!」
紺右衛門が縦に一回転したと思ったらその姿は刀に代わっており、玉藻の手に吸い付くように収まる。妖刀紺右衛門はあらゆる怪異を切断できる刀だ。それを力強く握りしめる。そして迫りくる無数の腕に向かって刀を構えた。
「玉藻流除霊術、剣の型!」
刀身に青白い炎のような揺らぎが現れる。
「
構えた刀を掛け声と同時に横凪ぎに振るう。すると刃先から青白い炎がほとばしり、怪異に燃え移った。
それはただの炎ではない。怪異だけを焼却する浄化の炎だ。炎は燃え広がり、怪異を塵に変えていく。
だが、その時、足首を誰かに掴まれた。
振り向くと四肢が異常な角度に曲がった女性の怪異が玉藻の左足を掴んでいた。
「いつのまに!」
とっさにスマホの画面を向ける。
『イヤダイヤダイヤダイヤダ!』
怪異は開いている手で顔を隠し苦しんでいるようなそぶりを見せるが左足を掴んでいる手は離さない。
「放せ!」
妖刀紺右衛門を足につかまっている怪異の脳天に突き刺す。
『ぎぅあああああああ!!』
叫び声とともにその怪異は塵となっていく。だが……
「こっちがお留守だぜ」
玖玄の声が耳元でした。
とっさに体をひねる。血しぶきが舞った。
倒れこんだ玉藻の前には、人の姿に戻った紺右衛門が立っていた。その手のひらは玖玄のナイフが貫通している。とっさに玉藻を突き飛ばして、素手でナイフを受け止めたのだ。
一瞬、玉藻は何が起こったか理解できていなかったが、紺右衛門が立っていることに気づき、すぐに理解する。
「いい反応だ。だが、こいつはどうかな」
そういうと玖玄は左手を口元に当てる。
「
玖玄はふうと息を吹くようなしぐさをした。すると左手の指先から炎がほとばしり、火炎放射機のように前方に広がる。これが、玖玄が扱う日本古来の術式とは異なる魔術の一つだった。
「!!」
紺右衛門は超至近距離でこれを受けることになる。しかし後ろには玉藻がいる。よけるわけにはいかない。かといって、防御しきるのは不可能。ここまでかと覚悟を決めたとき、玉藻の声があたりに響いた。
「オーバーライド!!!」
閃光とともに雷鳴に似た轟。大地を揺らすような衝撃。
「なんだ!?」
驚いた玖玄は後ろに飛びのき、両手を前に広げとっさに防御魔法を発動する。
強烈な閃光に目がくらむ。思わず目を閉じたが、今は戦闘中。すぐに目を見開く。
すると、そこにいたのは老人でも女性でもなかった。
「かみ……さま……?」
彼の瞳に映る金色に輝くその姿は、まさに神話に語られる神そのものだった。
「どうしてここに……どうやって……?」
足の力が抜けて地面に膝をつく。それはまるで祈りをささげるような体制だった。
その様子を見た玉藻は構えを解く。
「玖玄」
玉藻が呼びかけると玖玄の肩がびくりと震えた。
「あんたのやったことは、けして許されることではない」
「………違う」
玖玄が呟く。
「神様はそんなことは言わない……」
「そう、私は神ではない」
玉藻が歩み寄る。しかし、玖玄は動くことができない。
「あんたが夢見る神様は存在しない」
「そ、そんなはずはない!」
玖玄は泣きそうな顔で叫んだ。
「あんたの願望なんて、知らないよ」
玉藻の巨大な手が玖玄の頭を掴む。
「あ、ああ。あああああああああああああ……………」
玉藻から流し込まれた金色のエーテルが玖玄の全身から滲み出し、煙のように漂う。
少しして手を放すと、玖玄はそのまま倒れこんだ。気絶しているようだ。
玖玄が動かなくなったことを確認して、玉藻はオーバーライドを解除した。
「はぁ、紺右衛門、大丈夫?」
「ふー、何とか無事じゃ」
紺右衛門は髪を撫でつけながら答えた。
「これ、死んでは無いよね?」
玉藻が倒れている玖玄を指さして言う。
「エーテルを流しただけでは死にはしない。とは言ってもあれほど高濃度のエーテルを頭から直接流し込まれれば並みの術師は再起不能じゃろうがな。これでしばらく悪さはできんじゃろ」
人体にはエーテルを流す回路のようなものが存在する。そこに容量を超えた濃度且つ大容量のエーテルを流し込めば、回路はショートし、最悪の場合、回路が消滅する。
通常のエーテルが水だとすればオーバーライド状態のエーテルは超濃厚ニンニクアブラマシマシドロドロスープの二郎系ラーメン(チーズ、マヨトッピング)ぐらいの濃度とボリュームがあるので、そりゃあまあ、気絶もする。
「そっか、そうだといいけどね」
玉藻はカバンからブラックコーヒーのボトルを取り出し、空を見上げた。時間はまだ午前中。よく晴れた青空が広がっていた。
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