後日談2

 ブラックコーヒーを飲んで一息ついた玉藻がスマホを確認すると、百件近い着信が入っていた。すべて葛葉からだ。慌てて折り返すと、今一階にいるとのことだったので玉藻と紺右衛門は二人で迎えに行った。二人がエレベータに乗って1階に到着すると葛葉がエレベータホールに仁王立ちしていた。正直、怪異よりも怖かったが、二人は震えながらエレベータから降りた。

 直後、駆け寄ってきた葛葉に玉藻は抱きしめられた。


「まったくあなたは!昔から全然周りの言うこと聞かないんだから!」


「あはは…ごめんて」


「心配してるんだからね!だいたいこの前も……」


「あ、あ、ちょっとまってお姉ちゃん。お説教は後。実は……」


 葛葉は玉藻を抱きしめながらお説教を続けようとするので、玉藻は事情を説明した。

 まずは結界を解除しなければならないし、玖玄を何とかしなければならない。


「……わかったわ」


 葛葉も渋々頷き、一同は屋上に再度戻った。

 だが………


「ああ!逃げてる!」


 そこに玖玄の姿はなかった。一応結束バンドで手を縛っていたのだが、よく考えれば先ほども同様の拘束を自力で解除していたので大した意味はなかったのだろう。


「まあ、あれだけのダメージじゃ。当分悪さはできんじゃろう。どうせ警察に突き出すわけにもいかんしな」


 玖玄の行った術式は間違いなく倫理に反した行いだ。刑法で言えば自殺教唆や自殺幇助が当てはまるだろう。だが、その証拠がない。魔術や呪術を科学的に立証なんで不可能だからだ。このマンションに施された魔法陣とやらも、鑑識が調べたとて意味不明な落書きとしか認識されないだろう。実際、警察は自殺が起きるたびにこのマンションを調べたが、証拠と言えるものは発見できていない。

 唯一罪に問えそうなのは住民に対する闇バイトの件だが、明確な被害がないとやはり立件は難しいだろう。


「次会ったらもう一発ぶん殴ってやる……」


 玉藻は苦々し気に呟いた。


 その後、魔法陣を全員で消して、葛葉が新たに結界を施した。これで当面はこの建物に不幸が降りかかることもないだろう。


 それから数日がたった。

 警察に押収された護符.pdfの件はよくわからんまじないグッズの一つとして処理され問題にはならなかった。

 夢見月のチャンネルには新たな動画「終わらない事故物件」が投稿され3日で30万再生を突破したらしい。まずまずの伸びだそうだ。


 そして、探偵事務所キュービックルーブは相変わらず暇だった。

 今回の件は結局無給での仕事だったし、夢見月の動画にも事務所の名前や玉藻たちの名前は出ていない。


「なーんも得るものなかったなぁ………」


 玉藻が机に突っ伏しながらぼやくが、紺右衛門は読書をしながら笑う。

「ふふん、まあそういうこともあるわい。新たな自殺者を防げただけ御の字じゃな」


「それはそうだけど。やっぱりお金が欲しいなぁ」


「そういう俗物的な考えは結果として身を滅ぼすぞ。ほれ、あの小説家の、えーと、……誰かも言っとる」


「……思い出せんのかい!」


 思わず玉藻が突っ込む。


「まあ、もう歳じゃからな」


 そんな話をしていると、黒豆二号がけたたましくなった。

 玉藻は飛び起きるとすぐに受話器を取る。

「はい、キュービック・ルーブ探偵事務所ですー」


『あ、もしもし?』


 受話器からは年配の男性の声が聞こえた。


「はいー、どのようなご用件でしょうか?」


『ああ、実は先日仙狐さんに名刺をいただきましてね。スマホで表示する護符が期限切れって出るんですよ。最近すこぶる調子も良かったんで、ちゃんと購入しようかと思うんだけど、こちらであってます?』


「え、え、え、あの、すみません。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「ああ、すみません。鈴木フトシと申します」


「フトシーーー!!!!!!!よかったー!!!」



「終わらない事故物件」清掃完了

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