2.5-4

「地獄を祓う……私にできるのかな?」


 少女が手のひらを見つめて呟く。


「できると思われたからお主が派遣されたのじゃろう」


「でも、本当はお姉ちゃんがくるべきだったと思う。私は修行場にすら入れてもらってないし。落ちこぼれだから………」


 少女の歩みが止まる。


「これ、弱気になってはいかん。瘴気に飲まれるぞ」


「でも………」


「大丈夫じゃ。わしが力を貸す。そのための眷属じゃ」

 

 老人が優しく言うと、少女は顔を上げた。


「……わかった。ちゃんとついてきてね」


「御意」


 少女が少し笑った。


「……ぎょいってなあに?へんなの」


「………」


 老人は渋い顔をした。


 それからしばらく歩くと、ついにこの領域の中心に到達したようだ。

 遠くに仮囲いが見えるがそこまでの間には何もない。

 そしてこの領域の中心にはバラバラになった箱が落ちていた。


「これが閻獄?」


「そうらしいな」


「元に戻せるかな」


 少女はしゃがんで箱を拾おうとしたが、老人が止めた。


「無理じゃろうな。内部には封印の術式があるそうだが、一度目の封印の際に役目を終えたはずじゃ」


「じゃあ、やっぱり私の力を使うしかないか」


 老人がうなずく。


「そのようじゃな」


 少女をこの地に向かわせた彼女の母親もおそらくそれが狙いだと老人は考えていた。


 はっきり言って、この少女には術師としての才能がない。皆無と言っても良かった。あらゆる術式を体が拒絶してしまうためどんなに学んでも使うことができない。術師の家系としては最大の失敗作。しかしその体内には何かとんでもないものが潜んでいる。


 漠然と「力」と呼称するその能力を本人含めて誰も理解できていなかった。

 その力を恐れた彼女の両親は彼女に修行をさせなかった。自分たちの力量を超えてしまわないよう牙を抜こうとしたのだ。

 しかし今回の案件は修行中の彼女の姉には荷が重い。しかし、今はほかに動けるものもいない。そこでを兼ねて、彼女が指名された。

 たとえ失敗したところで今より被害が広がることはないだろう。うまくいけば御の字。どちらに転んでも彼女の母親にとっては被害はないということだ。

 もちろんそんなことは少女本人や老人には言わない。しかし老人はその目論見に気づいていた。

 だが老人は所詮眷属。この一族に仕える身分だ。口出しはできない。

 ふうっと老人がため息を吐く。


「何かあればわしが抑える。ここまで来たら、もうやるしかない」


「うん、たぶん大丈夫。私に任せなさい」


 そんな老人の心配をよそに少女は軽く答える。

 彼女にとっても、この力は得たいの知れないものではあったが、それでも悪いものでないことはよくわかっていた。いつも困難に陥ると体の内から湧き出る陽光のようなぽかぽかした力。幼いころに学んだ神道の教えから少女はこれをお天道様と呼んでいた。


 少女はしゃがんで地面に両手をついた。

 刹那、すさまじい呪詛、この村の人々の断末魔が脳裏に響く。幻聴とわかっていても身の毛がよだつ。思わず叫びだしそうになる。視界が揺れる。だが、その時肩を誰かに支えられる。老人……紺右衛門こんえもんだ。

 それを感じた瞬間、すっと雑音が消えた。大丈夫。私にはできる。少女は自分にそう言い聞かせた。


「力を貸して、お天道様」


 少女……仙狐玉藻せんこ たまもの痣が赤く輝く。そして金色の光があたりを包んだ。












 ……ここから先の記載は黒く塗りつぶされて閲覧できない。





 [公式記録0531番_閻獄事件]閲覧(強制)終了。

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