2.5-2

 三日後の十時二十八分

 一機のヘリが市役所の駐車場に着陸した。

 迷彩色の機体から現れたのは一人の少女と老人だった。


 まだ小学生低学年ほどの幼い顔立ちの少女は立派な巫女服に身を包み、ヘリコプターの音や風圧に動揺することなく、静かにタラップを降りてくる。そしてその後ろを紺色のスーツに身を包んだ初老の男が続いた。

 政府がこの厄災の解決手段として手配した人員が来るというから待ち構えていた、現場の対応に当たっていた職員たちからは驚愕と同時に失望の色が見える。


 ここに至るまでの三日間で合わせて八十人以上の人々が亡くなっていた。辺境の村で起きた出来事としては空前絶後だ。にも拘わらず、やってきた専門家は巫女装束の小学生女児と老人ときた。

 どう考えても役不足。というより舞台に上がってすらいない。目つきが厳しくなる人々を後目に少女と老人はパトカーの後部座席に乗り込んだ。ここから現場までは数キロある。

 

 運転手の警察官は終始無言であった。彼の役目は迅速かつ正しく政府手配の要人を現場に案内することであり、その要人の年齢や容姿は職務に関係ないからだ。どんな命令であっても上からの命令は絶対であり、そこに間違いはない。

 内心、どういう経緯でこの惨状に小学生が派遣されたのか、付き人らしき老人は何者なのか気になったが、自分から尋ねようとはしなかった。


「ここからどのくらいかかる?」

 

 そのため、後部座席の少女から話しかけられたときはびっくりしすぎてハンドルを放しそうになったが、とっさに耐えた。


「………十分程度かかる見込みです」


「そう。どうせ空を飛ぶならもう少し近くに下して欲しかったな」

 

 そういいながら窓の外を眺める少女に対して老人が叱るような口調で言う。


「これ、乗せていただいたのにそんなことを言ってはいかんぞ。あのような機体は開けた場所にしか着陸できんのだ」


「まあ、みんな色々あるんだろうけどさ。わかるよ。わかってるけどね」

 少女はけだるそうにいう。


「面倒くさいなぁ」

 

 少女がそう呟いた。


「……お言葉ですが、そんな言い方は無いと思います」


 車を運転していた警察官が静かに言った。

 彼は警察官歴二十五年で自分の仕事に誇りを持っていたし、今日のような釈然としない命令も粛々と実行してきた。口答えせず黙々と努力してきた彼が初めて職務中に感情をあらわにしていた。


「あなた方の事情を知りませんし、こんなところまでご足労いただいたことには感謝しております。しかし、今回の件で私は部下を一人失いました。親戚も連絡が取れず、おそらく……それを……たとえ思っていたとしても面倒とは言わないでいただきたい。我々は……!」


「知らないよ」


 警察官の言葉を少女は静かにさえぎった。


「私もあなたの事情なんて知らない」


「これ!玉藻たまも!なんてことを……」


 老人が声を荒げるが即座に少女が「黙れ、紺右衛門こんえもん」というと、老人は突然声が出なくなったかのように口をパクパクさせたが、右手で顔を覆い首を振った。

 気にせず少女は続ける。


「私はただ言われたから来ただけ。誰かのためじゃなくて自分が叱られないため。仕事なんだもん。ここにいるからって気持ちを共感しようとしないでよ」


 警察官は黙った。彼女がまだ年相応の子供であり、自分の意志でこの場に立つプロではないと分かったからだ。

 しかし、そうであればなおのこと不安になってくる。こんな不貞腐れた子供に任せても大丈夫なのか?本当に政府が派遣した専門家なのか?


 そうこうしているうちにパトカーは現場付近に到着した。路肩に寄せて停車する。


「着きました。ここからは徒歩でお願いします」


「わかった」


 少女はうなずいてシートベルトを外した。



 警察官が少女と老人を案内した先は工事現場などでよく見る白い仮囲いで囲われて中が見えなくなっている。その手前には規制線が張られ警官と自衛隊員が入口を厳しく監視していた。

 二人が通り過ぎるとその場にいた全員が敬礼をした。


「一応、歓迎されているようじゃな」


 老人が呟く。

 仮囲いの前まで来ると、そこには人ひとりが通れるぐらいの扉がついていた。立入禁止の文字がマジックで手書きされている。

 少女がそのドアノブに手を伸ばし、扉を開いた。その先に見える景色はまるで地獄そのものだった。


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