2-11

「良しではない」


 紺右衛門が苦々し気に言った。


「今のはわしの失態じゃった。すまない」


 紺右衛門は相当落ち込んでいるようだ。


「いや、紺右衛門は悪くないよ」


 実際、この男が玉藻をいたぶるつもりでなく最初から殺す気であれば、最初の一撃で死んでいた。

 昔、紺右衛門によく言われたのは「戦う相手を間違えるな」ということだった。それは「必要のない相手と戦うな」という意味でもあるが、「勝つことが不可能な相手に戦いを挑むな」という意味でもある。

 今回は勝てない相手と戦う状況に陥ってしまった。そもそもそういう状況になってしまったことが玉藻の落ち度だ。

 今、玉藻が生きているのはこの男の気まぐれと、紺右衛門のおかげに他ならない。


「どんな状況じゃ?骨は無事か?」


「うん、喋れてるし、歩けるから多分大丈夫。明日病院行くよ。それより紺右衛門は?首切られても平気なの?」


「奴のナイフは退魔の術式がまとわせてあったようじゃ。それゆえちょいと効いたが、まあ、あの程度ならすぐに治る。結界のおかげで常世に近づいていたのも救いじゃった」


「ああ、そういえばそうだった」


 自動ドアのほうを見ると普段と変わらない景色に戻っている。現世に戻ってこれたようだ。


「すまない………」


 まだ謝り続けている紺右衛門の背中を玉藻はさする。


「じゃあ、許すから、このでっかいやつ運ぶの頑張って」


 そういって気絶している男を指さす。


「……承知」


 紺右衛門はうなずいた。


 それから男を担いだ紺右衛門と玉藻はなんとか屋上に上った。結界が解けた状態であのままエントランスに置いておくわけにもいかない。

 屋上の柵にもたれるように男を座らせると、玉藻はおもむろに男の頬をひっぱたいた。


「ぐは!」


 男は衝撃で柵に後頭部を打ち付け、痛そうな表情で目覚めた。


「起きた?」


 玉藻が尋ねると、男は周囲を見渡した。


「………屋上か」


「そうよ。あんた名前は?なんか言いたいことある?」


 腕組みした玉藻が聞くと、男は笑った。


「名前か……玖玄新徒くげん あらとだ。あんたらが只者じゃねーことはよくわかったけど、目的は何だ?」


「私たちは困ってる人を助けてお金儲けをしたい。それだけよ」


 玉藻がそういうと、玖玄はまた笑う。


「なるほどね。じゃあ俺と組まないか?」


「断る」


 玉藻は即答する。


「あんたと組まなくてもやり方は心得てるから。てか、そんなのはどうでもいいのよ。あんたの目的は何なの?どうしてこんなことをするの?」


 玉藻がそう聞くと、玖玄は不敵に笑う。


「神霊の召喚」


「心霊?」


「違う、俺は神様を呼び出したいのさ」


 玉藻と紺右衛門は顔を見合わせる。


「神様なんて呼び出して何がしたいの」


「それは言えない。俺の行動原理のすべてだからな」


 もう一度玉藻と紺右衛門は顔を見合わせる。


「どうしよう。意味が分からない」


「わしもじゃ」


 こそこそ話し合う二人に玖玄は怒鳴る。


「別にわかってもらうつもりはねぇ!ただ、俺は神様に会いてぇんだ。その召喚術を発動するには膨大なエーテルが必要なんだ。」


「いや、いらないでしょ」


 玉藻があっさり言う。


「ああ?何を根拠に………」


「だって、ここにいるもん」


 そういって玉藻は紺右衛門を指さす。


「……はぁ?」


「おいおい、主よ、後先考えておるのか?」


 二人がそれぞれ声を上げるが、玉藻は続ける。


「稲荷神の分霊わけみたまだよ。彼」


「…………………………」


 玖玄は絶句する。


「おい、どう収める気じゃ」


 紺右衛門は困った顔で玉藻に言った。彼は確かに稲荷神の欠片ではあるが、神通力を扱えるわけではない。あくまで神降ろしの巫女である仙狐家に仕える眷属なのだ。

 故に玖玄が何らかの願いを願ったところで直ちに叶える力はないし、その義務もない。


「そいつはマジの話か?」


 玖玄は紺右衛門を見て言う。


「まあ、エーテルをどんなに集めても神霊を呼び出せないというのはマジじゃ」


 紺右衛門がそう答えると、玖玄は目を輝かせた。


「……そいつは最高にクールだ」


 刹那、玖玄が立ち上がる。いつの間にか結束バンドの拘束は解かれていた。


「何っ!」


 紺右衛門はとっさに刀を抜くが少し間に合わない。玖玄の右手が紺右衛門の腕を抑え抜刀させないようにして、左手で紺右衛門の胸元に手のひらを当てる。


「その神格、いただくぜ」


 足元の魔法陣がエーテルによって発光し始める。術式が起動したのだ。


「ぐう……こ奴、わしを取り込むつもりか!」


「そうさ、こいつは吸収の魔法陣。俺の一部となれ!」


 魔法陣の光が増す。


 その時、玉藻の声が響いた。


「来い!紺右衛門!」


 玖玄の目の前にいた紺右衛門は姿を消し、数メートル離れた場所の玉藻のところに再び現れる。


「わお!」


 玖玄は驚いた表情で紺右衛門を見る。


 術式が中断されたのか、足元も魔法陣は徐々に輝きをなくし、元の模様に戻っていく。


「さて、目的はわかったけど、どうしようかこれ」


 玉藻少し後ずさりながら紺右衛門に尋ねる。


「奴に触れられるとわしは動けなくなる。おそらくオーバーライドしてもダメじゃろう。むしろやつを喜ばすだけじゃ」


「逃げようにもあいつを倒さないと結界が解けない。さあどうしたもんかね」


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