2-10

「システム? どうしてそんなものを………」


「やりたいことがあってな。必要なんだよ。エーテルが」


 男はナイフを構えなおす。


「くっ」


 玉藻もガスガンを構える。


「おいおい、そんな玩具でやりあうつもりか?」


 男が馬鹿にしたように言う。


「どうやら状況がわかってねえみてぇだなぁ。これはマジモンの殺し合いだぜ?」


 玉藻は引き金を引く。


 パンと乾いた音がして弾が飛ぶ。しかし、男はそれをかわそうともしない。

 弾は男の額に命中したが全く何のダメージもなさそうだ。


「くくく、滑稽だなぁ。そんな玩具で怯むとでも思ったか?」


「じゃあ、これならどうよ」


 そう言いながら玉藻はもう一度引き金を引く。刹那、金色の光線が銃口から放たれた。


「!!」


 男はとっさに首を傾けて光線をよけるが、それは耳元をかすって背後の壁に命中した。エーテルを圧縮した光弾。通常、生きている人間にはあまり効果のないエーテルを用いた攻撃でも、最大限圧縮することで、それなりの威力を発揮する。


「へえ、おもしれーじゃん」


 男がにやりと笑った。そして握っていたナイフを床に捨てる。


「殺すのはやめだ。お前は俺が泣かす」


 男がボクシングのように拳を構えたと思った瞬間、玉藻の視界から消えた。


「!」


 とっさに顔を守ろうと腕を上げる。

 その瞬間ズシンと鋼鉄のハンマーで殴られたかのような衝撃が鳩尾みぞおち付近に突き刺さる。


「うっ!!…あ、ぐぅう!!!」


 踏ん張ることもできず、そのまま後ろに吹き飛ばされる。


「ぐぇ、おええぇ!」


 もんどりうって倒れるがすぐ膝をついて立ち上がろうとする。しかしそれを体が拒絶する。胃液が食道を遡り、口から滴り落ちる。まともに息ができない。


「おいおい、腹ががら空きだったから全力パンチが決まっちまったぜ。大丈夫か?

 ?立てるか?」


 男が近づいてくる。玉藻は必死に立ち上がろうとするが、足に力が入らない。


「ははは、小鹿みてーだ、な!」


 立ち上がろうとしていた脇腹に男の蹴りが刺さる。


「ぎあ!!あうううぅ……」


 玉藻はごろごろと転がった。


「さあ、顔を見せろよ」


 男が玉藻の髪を右手でつかみ、頭を無理やり持ち上げる。

 そして顔を覗き込もうとしたその瞬間、男の腕を誰かが掴んだ。


「……ようやく隙を見せたな」


 鬼の形相の紺右衛門だ。


「おっと!」


 男は後ろに下がろうとするが、腕をつかまれているためほとんど動くことができない。


「貴様を斬るのはたやすい。だが、それではわしの気が済まん。主を痛めつけた分、貴様にも味わわせてやろう」


「くそ、老いぼれが!」


 男は紺右衛門に殴りかかるが紺右衛門はそれを簡単に受け止める。


「さて、まずは爪を剥ぐとするか。どの指からいこうかのう」


 ほのぼのとした口調ではあるがその表情からはすさまじい殺気が隠すことなく放たれている。


「……待て、紺右衛門」


 玉藻の声がした、紺右衛門が玉藻のほうを見るとちょうど体を起こすところだった。

 何とか立ち上がり、服の袖で顔を拭う。そして顔を上げた。


「あんたにはまだ聞きたいことがある。それに私たちは殺しはしない」


「………御意」


 紺右衛門は全く納得できないという表情だったが一応うなずいた。


「でもその前に………」


 玉藻は腕を振りかぶる。


「玉藻流除霊術[お日様ビンタ]だー!!!」


 そう言いながら振りかぶった腕を思いっきり振りぬいた。

 ばしいいいいいいぃぃん、と良い音が鳴る。

 会心の一撃が男の頬に決まった。


「ぐはあっ!!!」


 男は驚愕していた。なんだ今のビンタは!脳が揺れ立っていられないほどの衝撃。ただのビンタでこんな威力が出るはずがない。すさまじいエーテルをまとわせた一撃。それをいともたやすく。この女、ただものではない。


 男が驚愕したのも無理はない。このお日様ビンタ、はたから見ればほんわかした名前のただのビンタだが、実はお天道様の力を用いた一撃なのだ。その証拠に玉藻の右手甲には赤い痣が浮かび上がっていた。人間だから耐えられたが、並みの霊体なら一撃で粉砕され跡形も残らなかっただろう。


「はあ、はあ、あたしたちの勝ち。あんたの負け。わかる?」


 玉藻は息を整えつつ、男に指を突き付けた。

 放心状態だった男はうつろな表情で頷いた。


「よし」


 頷くと玉藻は座り込んだ。


「いててて…………」


 脇腹をさする。触れてみた感じ、折れては無いようだが、ヒビは入ったかもしれない。明日って病院開いてたっけ?と玉藻が考えていると紺右衛門が聞いた。


「こ奴はどうする?」


 いまは紺右衛門が取り押さえ腕を関節技で固めている。男は先ほどから放心状態で全然抵抗しなくなってしまったが、まだ何を考えているのかわからない。


「とりあえず、絞め落として」


「御意」


 紺右衛門が手際よく絞め落とすのを確認してから玉藻は自分のバックを漁り結束バンドを取り出した。


 それで後ろでにした男の指を縛る。足も同様に縛った。


「これでよし」


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