2-7
そうして来る翌日。
現在時刻は午前8時30分。会社勤めの人たちがあらかた出勤したあとの時間。
玉藻と紺右衛門は再びマンションの前に立っていた。
以前と変わらず外見からは特に何も感じない。ごく普通のマンション。
しかし一歩中に入ればそこは異界だ。
「さて、行きますか」
「お供しよう」
自動ドアをくぐってエントランスに入る。玉藻はリュックからガス式のハンドガンを取り出した。改造されていない純正品だが、エーテルを込めて発射すれば怪異に対しても威嚇程度の威力は出るはずだ。狭さからして刀を振り回せる感じではなさそうなので、急遽購入してきたのだ。
左手にスマートフォンを持ち、画面は護符PDFを表示、右手にはガスガンというのが今日の装備だ。ちなみに服装はいつも通りの黒い革ジャンにジーンズである。これが彼女の正装だ。
紺右衛門はいつも通り紺のスーツで腰に帯刀している。
「まあ、こっちは気休めだけどね」
玉藻がガスガンを見ながら言う。しかし、紺右衛門も常に玉藻を助けられるとは限らない。自衛手段として簡単な武器があっても良いだろう。いや、正確には簡単な武器どころか、武器の形をした玩具なのだが。それでも手ぶらよりは心強い。
「それじゃあ、最初は何処に行こうかな?」
「ふーむ、屋上には何かありそうじゃな」
玉藻が問いかけると、紺右衛門は上を見上げながらそう答えた。
「じゃあ、屋上を目指そうか」
玉藻がエレベータのボタンを押した。
最上階で止まっていたエレベータが下りてきて止まる。チンと軽い音がして扉が開く。中にはだれも乗っていない。だが、扉が開いた瞬間、二人は気配を感じていた。
「……なんか空気変わった?」
「…近くに居るな」
誰かに見られているような、妙な気配を感じる。そういえば、最近起きた自殺の現場はエレベータホールだったはずだ。前回の女性の怪異は祓ったが、また新しい怪異がこの場には居るのかもしれない。
玉藻はスマホを様々な方向に向けた。怪異がこのあたりに居れば何らかの反応があるはずだ。エントランスからエレベータホールにかけては何の反応もなかったが、エレベータ内に向かってスマホをかざすとエレベータの天井についている蛍光灯が瞬くように点滅した。
「やっぱりここか……」
玉藻はガスガンを顔の前に構える。
「おそらく天上に憑いておる」
紺右衛門がエレベータ内を覗き込んで言った。
「おけ」
立膝をついて銃の照準が合うようにきっちり狙いをつける。この時、エーテルを手のひらから銃のマガジン、そして銃身に充填するイメージで込める。ガスガンは漏れ出たエーテルで淡い光を放ち始めている。その気配に反応するかのように、蛍光灯の点滅も徐々に激しくなっていく。
「………いけぇ!」
引き金を引いた。
銃口から撃ちだされたプラスチック製のBB弾はエーテルを纏いまっすぐで青白い軌跡を描き、エレベータの天井に命中した。
「げうええええええええええええ!!!」
その途端、上の方から痛そうな悲鳴が上がる。
「お、意外と効果ある?」
追加で発砲しようとガスガンを構えたその時、天井から無数の白い腕が押し出された心太のようにうねりながら伸びてきた。
「うぎゃあああ!キモいキモい!」
玉藻は思わず飛びのき、紺右衛門の背後に隠れる。彼女は長くて太くてうねうねしたものが苦手なのだ。
「情けないのう…」
紺右衛門が軽く刀を振ると、無数の腕は切断され、ぼたぼたと床に落ちた。
落ちてもなおうねうねと動いている。
「ぐぃああああああああ!!!」
「いやああああ!無理!このビジュアルは無理!」
怪異の悲鳴と玉藻の悲鳴がステレオで紺右衛門の耳を襲う。
「うるさいのう…」
紺右衛門は床でうごめいている腕は無視して、エレベータの天井に刀を突き立てた。
すると、悲鳴が止み、刀が刺さった場所から黒い液体が噴き出した。勢いよく流れ出る液体はエレベータ内を黒く染めて床に滴り、辺りを濡らす。しかし、天井からの飛沫がおさまるころには残らず全て消えていた。床にこぼれた黒い液体もそんなものはそもそも存在していなかったかのように消えている。
「まずは1体じゃな」
紺右衛門が振り向くと玉藻はしゃがみこんで顔を手で覆っていた。
「終わった?」
「やれやれ、護り甲斐のある主様じゃのう………」
紺右衛門がため息交じりに言うと、玉藻は立ち上がって胸を張った。
「こう見えて、私、頭脳派なので」
「…………」
紺右衛門は何も言わず首を振った。
◆◇◆
二人はもうエレベータを使う気にはなれなかったので階段を上り屋上に向かった。
「はあ、はあ、でも10階まで階段で上るのは、結構辛いよ、やっぱり………」
「人間は大変じゃな」
へとへとな玉藻とは対照的に紺右衛門は平気そうだ。
「まあ、そこが人間のいいところでもあるからね……」
玉藻は階段の途中に腰かけ、カバンからブラックコーヒーのペットボトルを取り出す。そしてキャップを外すとぐびぐびと飲んだ。
「くう、冷えたコーヒー、たまらん!」
ホットコーヒーの方が香りを楽しめてリラックスできるが、元気を出したいときはアイスコーヒーのがぶ飲みが一番脳に染みる。というのが玉藻の持論だ。
「一息ついたのなら先に進むぞ。もうすぐ屋上じゃ」
「ういー、了解。準備万端!さあ、行くぞー!」
「元気になりすぎじゃ……」
紺右衛門が少し引いているが、玉藻は気づかず階段を上った。屋上に出るための階段の途中には 蝶番のついた柵があり、南京錠がかけられていた。しかし南京錠は壊れており、手で引っ張れば簡単に外すことが出来た。
たどり着いたそこは異様な雰囲気だった。
決して小さくはないマンションなので屋上部分もそれなりに広さがある。本来人が登れる場所ではないので柵やフェンスは無く、フラットだ。あるのはエレベータの機械がある機械室と給水塔。あとは避雷針ぐらいなものだ。そんな屋上のコンクリートの床一面にペンキのような黒い塗料で幾何学模様が描かれていた。
「……何これ?」
「結界の術式のようじゃが、見たことが無い型じゃのう」
「結界というよりファンタジー作品に出てくる魔法陣みたい……」
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