2-6

 それから数日が経過した。

 相変わらずキュービックルーブに来る依頼は無く、玉藻はデスクに突っ伏していた。


「まあ、そんなにそこら中で心霊現象起きてたら、日常生活どころじゃないしね……」


 依頼が無い方が当たり前だし平和で良い。しかしこのままでは食うに困ってしまう。


「何とかならないものか……」


 その時、事務所の呼び鈴が鳴る。


「はい、どうぞー」


 どうせ仕事の話ではなくセールスかなんかだろうと思った玉藻は立ち上がりもせず、無気力に対応する。

 それを見た紺右衛門が渋々立ち上がり、ドアを開けようとしたが、それよりも早く、ドアが開いた。

 そこに立っていたのは夢見月だった。


「姐さん、こないだのマンション行ったでしょう」


「やあ、夢見月くん…」


 玉藻は腕だけ上げて挨拶する。

 だがお構いなく夢見月は続ける。


「あのマンションでまた死者が出たっすよ」


「え!!」


 玉藻が驚いて体を起こした。


「こっちの界隈じゃちょっと話題になってる。どうやら本物の悪霊がいるらしいって」


「……被害者は?」


「名前まではわからないけど、エレベータホールで首つりらしいっす」


「…………………」


「……それで、被害者の隣にこれが落ちてたらしいっす」


 夢見月はスマホの画面を見せた。どうやらブログの記事が表示されているらしい。文章が並んでいる。先日起きた自殺についての記事のようだが、そこには「遺体のすぐそばにはお札の画像が表示されたスマホが落ちていたらしい。悪霊に取りつかれたという妄想が彼を自殺に走らせたのか、それとも実際に憑りつかれてしまったのか……?」という文章が並んでいた。


「このお札って、昨日電話で俺に売り込もうとしてたやつっすよね」


 玉藻は頭を抱えた。


「…………多分そう」


「……結構まずいかもしれないっすよ。実はこのブログ書いてるやつ、俺の知り合いなんすけど、現役の警察官なんすよね。現場に証拠品として、キュービックルーブの商品があったってことは、ここに警察が来るのも時間の問題。しかも、あのマンションに行ったことがあるってなると、容疑者になる可能性が高いっす」


 完全に玉藻の判断ミスだった。余計なことに首を突っ込んだせいで犠牲者が一人増えてしまったかもしれない。そしてその挙句に容疑者として疑われている可能性がある。


「………ごめん、今回やらかしたわ」


「何したんすか?」


「1体祓って、住人一人と接触。護符PDFをタダで渡した。その一人が今回の犠牲者かも……」


「……本当っすか?」


「これ以上は知らない」


「……オーケー、信じます」


 夢見月は頷いた。


「さて、どうしたもんかのう」


 近くで聞いていた紺右衛門が言った。


「ここで引いておくべきか、一度突っ込んだからには最後まで完結するべきか」


 最後まで、となるとあの結界を破壊して、あの場にとらわれている怪異を全て祓い、なおかつ結界の作成者を探し出し、という事だ。結界の作成者を止めなければ、この連鎖は終わらないからだ。

 一方、ここで引くのは簡単だ。全て忘れればいい。

 容疑者となっていたとしても、実際には玉藻たちは直接関係はない。被害者には申し訳ないと思うが自殺は自殺だ。玉藻たちはそれを助けたわけでも、煽ったわけでもない。もう二度とあのマンションと関わらなければ、おそらく問題は無いだろう。しかし……


「あのまま放置は…したくない」


 玉藻は噛みしめるように言った。


「じゃあ、大家の依頼を受けるんすか?」


 夢見月が尋ねる。


「それもできない」


 玉藻は首を振る。


「ならばどうする」


 紺右衛門がくびをひねる。


「……私に作戦がある」


 玉藻の茶色い瞳が輝いていた。


 ◆◇◆


 玉藻の作戦は単純明快だった。まず何者かが設置した結界を完全に破壊して、新たな結界を設置する。新たな結界には認識阻害、守護結界を用いて、結界を仕掛けた何者かが手出しできないように防御する。そして残った怪異を祓って浄化すれば終わり。

 目には目を、結界には結界を。というわけだ。

 この作戦であれば、相手を殺害する必要はない。

 ただし、この作戦には問題もある。相手の結界を破壊するまではパワーで解決できるが、相手も結界を構築できるだけの知識がある。馬鹿正直に結界を作ったら相手にまた結界を上書きされて終わり。いたちごっこだ。

 では、どうすれば良いかと言えば、相手が解析できないほど高度な結界を組むしかない。結界を破壊するデメリットがメリットを上回れば、もう二度と壊されることはないだろう。


「それで、私の出番というわけね」


 葛葉が緑茶をすすりながら言った。


「その通り。お姉ちゃんの結界ならそうそう破壊できないはず」


「私は結界の専門家というわけじゃないのだけれど、まあ、紺右衛門よりは詳しいわね」


「お姉ちゃんは基本なんでもできるからなぁ」


 苦手なのは体術ぐらいだろうか。


「そんなことないわよ。これぐらいは一般常識の範疇はんちゅうでしょ」


 その一般常識は恐らく仙狐家特有のものであり一般とはかけ離れているのだが、誰もツッコまなかった。


「……じゃあ、私と紺右衛門がまずは怪異を祓って結界を破壊する。そしたらお姉ちゃんは結界を構築する」


「私は時間までどうしたらいいかしら」


 葛葉が顎に手を当てて考えるようなしぐさをする。


「うーん」


 玉藻はスマホで地図アプリを起動した。


「あ、近くにカフェがあるから、そこで休んでてよ。準備できたら呼ぶから」


「あら、いいわね。なんだか楽しみになってきたわ」


 葛葉はにっこり微笑んだ。


「オッケー。じゃあ、明日の朝出発しますか。夢見月は界隈に動きがあったら教えて」


 夢見月が頷く。


「了解っす。…ちなみに僕も見に行っていいっすか?」


「駄目」


 玉藻は即答した。


「……うっす」


 夢見月は肩を落としてしょんぼりした。

 その様子を見て玉藻がフォローを入れる。


「いや、これ下手したら死ぬからね。本当に危ないと思うよ」


「いや、もちろんわかってます。姐さんたちに迷惑かけられないし。今回は大人しく後方支援に回るっす」


「ありがとう。頼りにしてるよ」


 そうして、その日は全員で準備に明け暮れた。


 

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