2-2
「おい、どうした?またなんか見えたか?」
「いえ、大丈夫です」
玉藻は営業モードに戻り、フトシの後に続いた。
503号室は広さで言えば2LDKぐらいだろうか。少し小さ目のファミリータイプの部屋だった。リビングに案内されたので玉藻と紺右衛門はソファーに腰かけた。
室内をこっそり観察してみるが、いたって普通。意外と片付いている。高級そうな置物やウイスキーの瓶が目立つが、それなりに片付けられているし特に変わった様子は見受けられない。
トンと目の前にコップを置かれて我に返る。
「あ、どうも」
「ただの水だけどな。冷蔵庫には酒しか入ってないもんで」
そう言ってフトシも近くの椅子に腰かけた。
「あら、お酒が好きなんですね」
玉藻がそう振ると、フトシは笑顔になった。
「まあな。飲み物は酒と水以外は飲まねえ主義なんだ。家にいるときは常に酒を飲んでる。今も俺のグラスは日本酒だ」
そういってロックグラスを掲げて見せる。
それに反応して紺右衛門が首を伸ばすが玉藻がすかさず足を踏みつけてやめさせる。
「いいですね。今日はお仕事はお休みなんですか?」
玉藻がメモ帳を準備しながら聞くと、フトシは首を振る。
「いんや、仕事中だ」
「あらあら、お邪魔して大丈夫でしたか?」
慌てて玉藻が聞くと、フトシは笑う。
「なに、平気さ。投資家だからな。普段の取引はAIに任せている」
「へぇ、AIってそんなこともできるんですね」
うなずきながら、フトシは酒をあおった。
「それで、何が聞きたいんだ?」グラスを置いて尋ねる。
「ええ、さっそくなんですが、ここで起きていることについて、お聞きしたいのですが」
「ああ、ここには二年前に引っ越してきたんでそれ以前はわからないんだけどな」
そう前置きしてフトシは語り始めた。
「ここはとにかく家賃が安かった。立地もいいし部屋の作りも悪くねえ。にもかかわらず相場の半額ぐらいだ。不動産屋に理由を聞いたら心理的瑕疵だっていう。それにしても安すぎると思ったけど、ものは試しと内見してみたら案外良くて住むことにしたんだ」
通常、心理的瑕疵物件の場合、相場より二から三割安くなることが多いらしいが、半額近いとなると、確かに安い。この内装でその安さなら確かに魅力的かもしれない。
「ただ、だんだんおかしなことも増えてきた。よく救急車や警察が来るんだよ。何だろうなって思ってたんだけど、ある日それを見ちまった」
「それとは?」
「飛び降りさ。俺が外出しようと玄関のドアを開けたら、ちょうど隣の部屋のやつも出てきたんだ」
隣というと、502か504の住人のどちらかだろう。
「奴はうつむきがちにドアを開けて出てきて、廊下の手すりにもたれかかるような体勢になっていた。俺は酔っぱらってんのか?と思いつつ、軽く挨拶したのよ。おはようございますってな」
そこでフトシはその瞬間を思いだしてしまったのか、強く目をつむった。
「……そしたら奴は、俺の方をちらっと見て……そのまま落ちたんだ」
「…………………」
玉藻は言葉が出なかった。職業柄自死の現場や事故物件にも何度も足を運んだことがあったが、その瞬間を目撃したことはない。
「直後にすごい音がして、俺は慌てて駆け寄り下を見たが………まあ、あれは見なければ良かったよ。後悔している」
「………それは、大変でしたね」
「ああ、大変だった」フトシは酒を一口飲んだ。
「それ以来俺は大家や管理会社に聞いて色々調べたんだが、よく分からなかった。数ヶ月に一回、誰かが死んでいく。特に理由もなくな」
「そこが不思議ですね。人はそう簡単に自死という選択はできないはず。どうしてその選択ができたんでしょうか」
「わからんなぁ。大家の
ここまでは概ね夢見月から聞いていた情報に合致する。
「駐車場のお地蔵様も大家さんが?」玉藻が尋ねるとフトシは頷いた。
「ああ、少しでも死者が、そしてこのマンションの住人が救われるようにって設置したみたいだが……あんたら霊能力者とかなんだろ?あれは効果あるのかね?」
「ええ、効果はありますよ。人々の祈りが霊を祓うことはありませんが、新たな穢れを生むことは無くなります」
「そうかそうか。毎日磨いている甲斐があるってもんだ」フトシはほほ笑んだ。
「大切にされている物には神が宿ります。まあ、お地蔵様がそもそも仏様の代わりに現世を見守る存在らしいので、元々神様の分身のようなものですが」
「なるほどねぇ」
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