2章_終わらない事故物件

2-1

 あれから数日後の昼過ぎ。

 玉藻は紺右衛門と問題のマンションの前まで来ていた。

 高さ8階建て。ここら辺では一番大きいマンションかもしれない。築年数は4年とのことなので、外壁や床のタイルもまだ新しさを感じる。遠目で見ている分には何もおかしなところは無い。だが、1階のエントランスに通じる自動ドアをくぐった瞬間、空気が一変した。


「うわっ、なんなのここ……」


 玉藻は思わず呟いてしまう。紺右衛門も厳しい表情で周囲を見渡した。


「ここに住んでいる住人が、正気を保てなくなるのが良くわかるのう」


「想像の三倍ヤバイね」


 エントランス内も外見と同じく、見た目はまだ新しいので綺麗だ。しかし、目には見えないを感じる。空気が重く、冷たく、臭い。妙に薄暗いのも合わさりまだ日中にも関わらず不気味な雰囲気だ。


「一回外を見てからの方が良いかもしれんな」


 紺右衛門が鼻をつまみながら言う。

 二人は一度外に出て裏の駐車場に回り込んだ。やはり、外見上変わったところは見当たらない。だが……

 駐車場の角に小さなお地蔵様が設置されていた。


「結界の基点になっておるな……」


「そういう目的で設置したのか、善意で置かれたものが利用されたのか……」


 お地蔵様はまだ真新しく、傷などもなく綺麗だった。ここ一年ぐらいで設置されたように見える。しげしげと観察していると背後から声をかけられた。


「なんだアンタら。そこは私有地だぞ」


 振り向くと、そこには小太りでしかめ面の50代ぐらいの男性が立っていた。口ぶりからしてこのマンションの住人なのだろう。


「ああ、勝手に入ってしまって申し訳ない!実は私たちこういうものでして……」


 玉藻は手際よくポケットから名刺を取り出して、男性に渡した。


「……キュービックルーブ?探偵?なんでこんなとこに?」


男性は首をかしげる。


「我々は警察が対応できないような不思議な事件を専門としています。たまたま通りがかったこのマンションから異様な気配がするなぁと思いまして、少し見させていただいておりました」


「不思議な事件?霊能力者ってことか?」


「まあ、おおむねそのような感じです」


 玉藻がそう答えると、男性は鼻で笑った。


「ふん、以前もそんな感じのやつらが来たが、みんななにもできず逃げ出したそうだ」


「ほう、それは興味深い。お時間ありましたら少しお聞きしてもよろしいですか?何かお困りでしたら、お力になれるやもしれません」


「うーん、そうだなぁ」


 男性は玉藻の体を上から下まで舐めるように観察してからニヤリと笑った。


「まあ、構わないぜ。立ち話もなんだ。うちに来るかい?」


 男性は鈴木 フトシと名乗った。このマンションの5階の503号室に住んでいるらしい。

 玉藻と紺右衛門はフトシの後に続いてエントランスを通り、エレベータホールまで来た。


「あんたら、このマンションについては何処まで知ってるんだ?」


 フトシがエレベータの呼び出しボタンを押しながら聞く。


「いやぁ、今日たまたま通りがかっただけなので、正直全く知らないのですが、何やら良くない気配が多いですねぇ」


 玉藻はすっかり営業トークモードになっている。ちなみに、仕事中は紺右衛門は基本的に喋らない。眷属が主の仕事に対して口出しするのは言語道断だからだ。


「まあ、ここは所謂いわゆる事故物件ってやつでな。あ、俺が言ったっていうなよ?」


 玉藻と紺右衛門は頷く。


「ここ2年で7人は死んでる」


「それはそれは……」


 玉藻は驚いたように装う。ちょうどその時、チンと軽い音を立ててエレベータが到着した。ゆっくりとドアが開くそこには女性が乗っていた。だが、降りてくる気配がない。


「さあ、どうぞ乗って」


 フトシがエレベータ内に入るように促してくる。

「え、いや、女性が……」


「ああ?女性?」


 玉藻がフトシに言うと、フトシはエレベータの内部を覗き込む。


「誰もいないぞ?」


「え!」


 再びエレベータ内を見ると確かに誰もいない。だが、立ち位置的に、誰にも気づかれずにエレベータから出ることは不可能だ。消えたとしか思えない。


「……なるほど。あんたらは本物の霊能力者かもしれねーな。まあいい。とりあえず部屋まで行こう」


 フトシに促され玉藻と紺右衛門はエレベータに乗った。特に変わったこともなく五階に到着する。

 エレベータから降りた後、玉藻が何気なく振り向くと、先ほどまで乗っていたエレベータに先ほどの女性が乗っているのが一瞬見えた。だが、すぐにドアが閉まり見えなくなってしまった。


「あまり意識しない方が良いぞ」


 紺右衛門に耳打ちされ、玉藻は我に返った。


「ああ、うん、そうだね」


「ここはもう結界の中じゃ。常世と繋がっておる」

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