1.5-4

「たまちゃん、つかれた?」


 葛葉が顔を覗き込んでくる。どうやら不安が顔に出てしまったらしい。


「ううん、大丈夫。公園に行こうか」


「こうえん!」


 葛葉は喜んでいるようだ。だが以前の葛葉ならダルそうな顔で「早く帰りましょう」とでも言っただろう。やはり複雑な気分だ。

 そうこうしているうちに、公園に到着した。数週間前、玉藻と葛葉に一悶着あった場所もここだった。公衆電話ボックスはあの一件以来撤去されてしまい、今はコンクリートの土台しか残っていない。もうしばらく電話は見たくないのでほっとすると同時に少し寂しくもある。人間の感情は複雑だと玉藻は思った。

 公園を一回りしてみて、そのあと玉藻と葛葉はベンチに座った。


「つかれた!」


「お姉ちゃんは足腰弱いなぁ」


 体は大人のはずだが、まあ、普段の運動量が影響しているのだろう。玉藻の事務所に来る前から葛葉はあまり運動していなかった。


「そんなことないよ!」葛葉は意地を張る。


「はいはい」玉藻は面倒になったので、ベンチの背もたれにもたれて空を見上げた。透明な青空が広がっている。


 色々考えてみたが、玉藻はやっぱり以前の葛葉が好きだった。例え今彼女が幸せで、元に戻ることが苦痛だったとしても、元の葛葉に戻ってほしいと思った。それは玉藻のエゴだ。それはわかっている。自分にそんな権利が無いことも。それでも………


「おのどかわいたー」


 葛葉の声で我に返る。


「あ、ああ、じゃあ飲み物買いに行こうか」


 また手をつないで、公園にある自動販売機が並ぶ場所へ移動した。


「何が飲みたい?」


 玉藻が聞くと、少し考えたあと、葛葉は緑茶を指差した。


「これ」


 性格や精神年齢が変わっても趣向は変わらないらしい。玉藻は緑茶と缶コーヒーを買った。コーヒーはもちろん無糖だ。糖はダイエットの敵だ。故に玉藻はカフェイン中毒だがエナジードリンクは飲まない。

 また、先程のベンチに戻り、二人で乾杯をしてから飲む。


「くぅ、カフェインが染みるぅ」


「……こわい」


 玉藻が悶えるのを見て葛葉は怯えていた。


「えぇ?お姉ちゃんも飲めばわかるよ。視界がキラキラして脳がぶっ飛ぶから」


 完全にヤバいやつのセリフだが、玉藻にその自覚はない。


「……じゃあのむ」


 意外なことに葛葉がそういった。


「え、本当に?大丈夫?」


 今まで葛葉がコーヒーを飲んでいるところを見たことが無かったが、実は好きだったりするのだろうか?

 玉藻は恐る恐る飲みかけの缶コーヒーを差し出した。


「飲んでいいよ?」


「わーい」


 葛葉はあまり躊躇せずコーヒーを口に含み、そして盛大に吹いた。


「ぶはっ、がは、おえぇ、うぇ」ゲホゲホと咽る。


「うわ、駄目だったか!大丈夫?」


 玉藻が背中を擦る。


「まっず!何これ、泥水?うぅ……」


「あわわ、とりあえずお茶飲んで…」


 玉藻がお茶のペットボトルを差し出すと、葛葉はそれを受け取り、一気に飲んだ。


「んぐ、んぐ、はー」


 口の中がリセットできたようだ。一息ついたあと、葛葉は周囲を見渡した。


「あら、私どうしてここにいるのかしら」


「え?お姉ちゃん?」


 玉藻が呼ぶと、初めて横に玉藻がいることに気がついたらしく、ちょっと驚いたような反応をした。


「あら、玉藻。いつの間に?」


「……おかえり」


 玉藻は思わず葛葉を抱きしめる。


「???」


 葛葉は状況がわからず混乱していた。しかし、玉藻が少し震えていることに気づき、玉藻を抱きしめる。


「よくわからないけど、大丈夫よ。ありがとう」


 葛葉が優しく言う。


「………実は、今までの全部演技なの」


「…は!?!?!?!?」


 思わず玉藻は顔を上げる。それを見て葛葉はにっこりとほほ笑んだ。


「ふふ、もちろん嘘よ」



 ◇◆◇


 玉藻と葛葉は事務所に戻った。

 葛葉がもとに戻ったことを伝えると、紺右衛門は無言で静かにパーテーションの奥に消えていった。


「あなた、どんだけお姉ちゃんのこと苦手なの……?」


「構わないわよ」


 反応が露骨なので、ちょっと困惑しながらつぶやく玉藻に対して、葛葉は玉藻が作成したアイテムを手に取ってしげしげと観察しながら言った。


「紺右衛門はあなたの眷属なんだから、玉藻に尽くしてさえいればそれでいいのよ」


「でも、一応一緒に住んでるのに……」


「だからでしょ。まあ私は特になんとも思ってないけど、彼が苦手なら無理に話すつもりはないわ。それより、これなんだけど」


 葛葉は段ボールの中からラミネート加工された御札を取り出した。


「あ、それ中々いいでしょ?耐水仕様なの。御札ってどうも耐久性が低いのが欠点だったのよね。それを改善できないかと思って!」


 玉藻が自信ありげに説明するが、葛葉は少し呆れた表情をする。

「内容がでたらめよ。こんな罰当たりな御神札は初めて見たわ」


「ええ!ネットの画像を真似したのに……」


 それを聞いて少し驚いた表情で玉藻を見る。


「あなた、自分で書けないの?」


 そういわれて玉藻は少し俯く。


「私は、習ったことないから……」


 葛葉は少し思案した。


「…なるほどね。私がここでやるべきことが分かってきたわ」


「というと?」


 玉藻が訊ねると、葛葉は玉藻に指を突きつけた。


「あなたを鍛えなおすことよ!」


「ええ…そういうのは遠慮します………」


 玉藻は突きつけられた指を右手でそらす。


「あら、どうして?せっかく教えてあげるのに」


 葛葉は不思議そうに尋ねる。彼女は努力とか勤勉とか継続とか……そういうコツコツと積み重ねる言葉が好きだ。


「いや、私は完成品だけもらえればいいので……」


 一方、玉藻の座右の銘は「一発逆転」と「一撃必殺」である。「一攫千金」とかも好きだ。


「……あなたねぇ………」


 葛葉の目つきが鋭くなる。


「いや、ほら、人には向き不向きってものがあってね。お姉ちゃんができることが私にもできるとは限らないわけ。苦手な私がウダウダやるより得意なお姉ちゃんがやったほうが効率がいいし、時間もかからないし、みんなハッピーじゃない?努力が足りないって思うかもしれないけど、私たちがどんなに努力してもプロのアスリートには勝てないでしょ?そういう事なの」


 玉藻は汗をかきながら慌てて説明した。


「いいえ、努力すれば勝てるわ。努力はかなわず報われるし裏切らない。そもそも努力しなければ始まらないのよ?」


「うう、それは一理あるけども……!一理しかないよ!」


「一理あるなら十分でしょ」


「…………そうかも」


 苦しい言い訳だったがそれでも容赦なく一刀両断。玉藻は敗北した。圧倒的正論に抗えるのは同等の正論だけである。


「じゃあ、早速始めましょう」


 葛葉が玉藻の腕を掴み、デスクの方へと引きずっていく。


「ああぁ、勉強いやぁー……」


 事務所に玉藻の叫びが虚しく響いたのだった。



[葛葉と玉藻]仲直り完了

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