1.5-3
その後、夢見月にブログなどのネタにしないことを条件に先日の電話事件について話した。夢見月は興奮して聞き入り、ネタにできないことを悔しがりながら情報料として一万円を玉藻に渡して帰っていった。
「喜んでくれて良かったなー」
玉藻がニコニコしなら財布に一万円をしまうのを見て紺右衛門はため息を吐く。
「まあ、ある程度ぼかしているとはいえ、あまり語りすぎぬ方がよいぞ?」
「わかってるよー」
玉藻は軽く答えてデスクに戻った。
「やれやれじゃ」
紺右衛門も読書に戻る。
それから少し時間がたった。外は夕暮れに包まれたころ。
「さてさて、じゃあ、来週あたりに行きますか」
玉藻はパソコンで何かを調べながら突然言った。
「ん?どこにじゃ?」紺右衛門が聞く。
「例のマンションに」当然というように玉藻は答えた。
「……いやいや、話をきいておらんかったのか?」
紺右衛門の目は少し怒っている。
「いやね、紺右衛門の言いたいことはわかるよ。それに依頼は受けない」
「じゃあ何故……」
そう言いかける紺右衛門の言葉を遮る。
「これはチャンスだと思わない?」
「何のじゃ?」
「私たちが有名になるためのチャンス!」
「…話が見えぬが?」
「私、気づいたんだけど、結局どんなに私達が頑張っても活躍を見てもらわないと依頼は増えないのよ」
「ふうむ、まあ、そうかもしれんの」
「じゃあどうしたら良いかって考えてたんだけど……やっぱり首は突っ込んでかなきゃ仕事ってこないのよね」
「まあ、一理あるのう」
「それで考えたのが、私たちがゼロ案件専門の探偵として無償で現場のリサーチをする。そこで住人の誰かしらと接触し、例のマンションを部分的にでも祓う」
「ふむ」紺右衛門は頷く。
「するとあら不思議。噂を聞いたマンションの住人から定期的に依頼が来るようになる。永久機関の完成よ」
玉藻は手を広げて少しおどけた。
「ついでに除霊系のアイテム検証もしてみたかったの。一石二鳥だと思わない?」
「うーん、除霊系アイテムとは、あのがらくたのことか?」
紺右衛門は壁際に置かれた段ボールを指す。そこには玉藻が考案した自作のアイテムや、通販サイトで購入した怪しい水晶球や謎の人形もある。
「そうそう、それそれ」
「あまり効果的なものはなさそうじゃが……」
紺右衛門が浮かない感じで言うと玉藻はにやりと笑った。
「私、たった今いい事思いついたの」
玉藻は奥の部屋を指さした。
「お姉ちゃんにアイテムを作ってもらおうかなって」
紺右衛門は腕を組み少し考えた。
「…………ふむ、葛葉殿の技量であれば、確かなものが作れるかもしれん」
「でしょ?外出苦手なお姉ちゃんでもできるし、あんなふうに引きこもってるなら、せめて何かを作る作業をした方が良いんじゃないかと思ってね」
「それはそうじゃな」
「それで、いざアイテムが出来上がったら、やっぱりテストしたいじゃない?」
「ううーん、しかし、実際困っている人々を実験台として利用するのは………」
「それは違うよ紺右衛門!」玉藻は力強く遮った。
「私は一人でも多くの人を助けたいの。そのためには使えるものは使わなきゃいけない。特に、私は技術的には未熟だから道具も必要なの。その道具が出来上がれば、より多くの人を救える。そのために必要なステップなんだよ」
「おぉ……主がそこまで考えておったとは………」
紺右衛門は少し感動していた。
一方、玉藻は内心ほくそ笑む。首を突っ込むことに慎重な紺右衛門の説得が最難関の砦だったが、紺右衛門は人情噺や理想のために努力する類の話に弱い。計画通りだ。
「そういうことであれば、わしも協力しよう」
「ありがとう。じゃあ、まずはお姉ちゃんを元に戻さなきゃね」
渋々頷く紺右衛門を見ながら、玉藻は満面の笑みで答えた。
◆◇◆
葛葉の症状は深刻だった。
「いやいやいや!」
典型的なイヤイヤ期だ。子どもが成長する過程で自己主張が激しくなる二歳前後の時期のことをそう呼ぶらしい。しかし一歳~二歳の子供なら、イライラはすれど、まだかわいいものだ。大の大人がやっていると頭を抱えたくなる。
「お姉ちゃん、こっちでお絵かきしよっかー」玉藻が優しく話しかけるが、葛葉は「いや!」と言って逃げ出し、ソファーの上で毛布に包まる。
これでも玉藻は葛葉を奥の部屋から連れ出すことには成功したのだが、そこから先が進まない。
「あーもう!どうしたらいいのこれぇ!」
玉藻は頭を抱えて発狂した。それを見てケラケラ笑う葛葉。地獄だ。
「葛葉殿はお絵かきはしたくないのだな」
紺右衛門が優しく話しかけると葛葉は頷いた。
「そうかそうか。じゃあ、じーじと本でも読もうかのう」
「よむー!」葛葉は紺右衛門の隣に座った。
「よしよし、今日読むのは夢野 久作の[ドグラ・マグラ]じゃ」紺右衛門が懐から分厚い文庫本を取り出した。
「やめい!」玉藻がスリッパで紺右衛門の頭を叩く。
[ドグラ・マグラ]は読むと一度は精神に異常をきたすと言われる怪奇探偵小説だ。
「あんた、これ以上私のお姉ちゃんをおかしくしてどうしたいのよ!」
「いやあ、ためになると思ったんじゃがのう」紺右衛門は頭をさすりながら本をしまった。善意を装っているが悪意が滲んでいる。
「そういえば紺右衛門はお姉ちゃんと仲が悪いんだった……」
紺右衛門に葛葉は任せられない。
「お姉ちゃん、お散歩行こうか」
玉藻は葛葉の手を握った。
「いくー!」
葛葉は素直についてくる。やはり素直だと可愛らしいと感じるが、普段の葛葉とはあまりにもかけ離れた精神状態なので、玉藻は少し気持ち悪いと感じてしまう。
ビルから出て手をつなぎながら歩く。今日はいい天気だ。散歩日和と言えるだろう。
「お姉ちゃん、最近どう?」
玉藻が歩きながら訊ねると葛葉は不思議そうな顔をする。
「どうって?」
「毎日楽しい?」
「楽しい!」
葛葉は笑顔で答えた。玉藻は安堵すると同時に不安になる。葛葉は元々ストイックで常に努力を怠らなかった。そういうところを玉藻は尊敬していたし、ある種憧れていた。しかし、今はその真逆どころか、知性を失ってしまったようにも見える。葛葉が楽しい方がいいと思う反面、自分は大事なものを壊してしまったんじゃないかと思えてならない。葛葉がもとに戻らなかったらどうしよう。そう考えるとつい不安になってしまう。
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