1-4
何の前触れも、連絡も無く玉藻の姉、
呼び鈴が鳴ったのでドアの覗き窓から見てみると、着物を着た大和撫子といった風貌の長髪の黒髪美人が立っていて、後ろには付き人が二人見えた。
「え!お姉ちゃん!?」
玉藻がドアを開けると
「来てあげたわよ」
と一言言って、招き入れてもいないのに勝手にずかずかと踏み入り、付き人で眷属の
「なにここ。汚いわね」
葛葉は顔をしかめた。
「お、お姉ちゃん!?なんでここに?」
葛葉は仙狐家の次期当主と言われている。呪術を始めとするさまざまな術式の才があり、幼いころから術師としての英才教育を受けてきた。長い黒髪はさらさらと美しく、妹の玉藻から見ても整った顔立ちをしている。顔つきはお父様に似たと思われる玉藻とはあまり似ておらず、葛葉はお母様の若いころにそっくり……らしい。
玉藻が葛葉に会うのは久しぶりだった。4年ほど前に仙狐の家を飛び出してからは一度だけ会ったが、それ以来は電話しかしていない。今の事務所の住所は教えていないし、そもそも葛葉はインドアで急に外出したりはしない。それこそ仕事でもなければ家に居たいと考えているタイプのはずだ。だから玉藻は本当に驚いた。
「かわいい妹の顔を見に来たの。というのは嘘。本当はお母さまに命じられて視察に来たというのも嘘。ただの気まぐれで遊びに来たの。というのも嘘」
「?????」
全部嘘だった。
「本当のことを言う気はないわ。と思ったけど教えてあげる」
そう言い放つと葛葉は緑茶を飲んだ。
一体何の用で?玉藻はドキドキしながら葛葉の次の言葉を待つ。
葛葉は緑茶を味わうと、湯飲みを置いてこういった。
「………私、宝くじで七億円当たったの」
「絶対嘘じゃん!」
思わずツッコみを入れる。
葛葉は宝くじなんて買わない。なぜなら仙狐家には数百億の簡単には使いきれない資産がすでにあるからだ。仮に気まぐれで数枚の宝くじを購入したとして、それで一等レベルの当たりを引き当てるとは思えない。いくら葛葉でも無いものは当てられない。
「もちろん嘘よ」
案の定、葛葉は即答した。玉藻は脱力する。そう、葛葉はこうやって玉藻をいじるのが趣味なのだ。性格がねじ曲がって一周まわってまともそうに見える。それが玉藻からの葛葉のイメージだ。
「……まあ、何でもいいけど。特にこちらから報告できることは無いよ。帰る気もないし、帰ってきて欲しいだなんて思われてないと思うし」
玉藻はソファーに腰かけてペットボトルのコーヒーを口に含んだ。
「知っているわ。だから私ここに住むことにしたの」
「ぶふぉー!!!」
玉藻はコーヒーを盛大に噴き出した。
「ごほ!ごほ!……嘘でしょ!?」
「もちろん嘘よ。相変わらずはしたない子ね。着物が汚れるじゃない」
確かに噴き出したコーヒーは葛葉に直撃コースだったが、右近、左近が開いた折りたたみ傘で完璧に防御されていた。しかし床はびちゃびちゃになった。あとで掃除しておかなければ紺右衛門に文句を言われそうだ。
「う、それはごめん。……でも、そういう嘘はやめてよ!」
「どうして?嘘なんてびっくりさせないと意味ないでしょ?」
「性格が悪い!」
「あら、姉に向かって失礼ね」
葛葉は優雅にほほ笑んだ。
玉藻は疲労を感じてソファーに崩れ落ちた。メンタルを削られている感じがする。
「……まあ、現状は大体わかったわ。ところで紺右衛門は?」
葛葉が室内を見渡しながら言った。
「あれ、そういえば……」
玉藻も室内を探すが見当たらない。さっきまでソファーで本を読んでいたはずだが今は影も形もない。昔から葛葉のことが苦手だったようなので、訪ねてきたのを察知するなりどこかに逃げたのだろう。
「まったく、昔から逃げ足だけは眷属で一番だわ」
「確かに…」
出ていく気配すら感じなかった。挨拶ぐらいはしていけばいいのにと玉藻も思った。
「まったく、私が悪意ある侵入者だったらどうするつもりだったのかしら?」
「いや、お姉ちゃんは侵入者じゃないでしょ」
玉藻が言うと、葛葉は鼻で笑った。
「ふふん、あなたのそういうところ、大好きよ」
「え、うん」
なんか言葉とは裏腹に怒っている気がする。
葛葉は緑茶を飲み干すと立ち上がった。
「さて、もう帰るわ」
「え、そうなの?ていうか本当に何しに来たの?」
玉藻がそう尋ねると葛葉はにっこりとほほ笑んだ。
「あなた、このビルの結界だけど、あまり良くないわ。外部からの侵入経路がいくつかあると思うの。あと防衛術式も貧弱ね。私が手直ししてあげましょうか?」
「え?そうかな。そんなに悪くはないと思うけど……」
このビルの結界は紺右衛門が仕掛けてくれたものだ。まあ、結界術が得意な葛葉の術式には劣るかもしれないが、今のところ不具合は無い。しかし、玉藻の言葉は聞かずに葛葉は「右近、左近」と眷属の二人を呼んだ。
「あれを出してちょうだい」
右近と左近がどこからともなく小さ目のアタッシュケースを取り出した。開くと中には美しい陶器の器や神棚などに飾る道具が納められていた。
「実はあなたのことが心配だったの。お母さまはほっとけっていうけど、あなたは私の妹だもの」
葛葉は玉藻の手を握る。
「だから変な虫が寄り付かないように結界だけでも強化してあげようと思って今日は来たの」
「お姉ちゃん…………」
そんなに自分のことを心配してくれていたのかと玉藻は少し嬉しくなった。
結局、葛葉は一通りの結界を張りなおして帰っていった。
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