第19話 ペット

人間どもが行き交う交差点の上の信号機に、今日も彼女は腰掛け獲物を待つ…。


獲物を待ちながら、彼女は十数年前から取り憑いているある若い男の囁きを感じていた…。


その若い男はまだ幼少の頃、若い男の母親に取り憑き、二階に住む老男性を殺させ、母親もガス爆発で死なせた女の息子である…。


彼女は息子を肥えらせてから喰らおうと、その息子を助けた…。


孤児となった息子に取り憑き、若い男に成長した息子は、彼女の思念の影響で邪悪な男へと育っていた…。


その息子の名はケイタ…。



ケイタは、施設にいる時から、一緒に暮らす孤児達に怖れられていた…。



特に他の孤児達に暴力を振るうわけでも無い…。


普通に会話し、一緒に遊び、冗談さえ言い合う…。


しかし、他の孤児達を支配するような特別な力を発すると、ケイタの言葉には誰も逆らえなかった…。


それは、孤児達を面倒みる職員達も同様で、ケイタの機嫌を損なわない様に、彼に懸命に尽くした…。


何故なら、ケイタの気分ひとつで、殺されてしまうから…。



施設に入所して間もない頃、食事の時間に遅れた事を注意した職員を孤児達に殺害させた…。


簡単な事だった…。


ケイタは孤児達に一言話せば良いのだから…。



「あぁ、あの先生嫌い…いなくなればいいのに…」



邪悪に光るケイタの瞳を孤児達に向け、こう言うだけで孤児達の目が赤く光り、ナイフや包丁を手に持ち、職員を滅多刺しにした…。


施設側は、孤児達の全員の犯行と知りつつ、職員は暴漢の侵入者に刺し殺されたと口裏を合わせた…。


施設長を含め、職員全員が無意識下にそうしなければいけないと思い浮かべ、各自、目配せをしたからだ…。


ケイタの人々を支配し、操る力は日に日に強くなるが、ケイタは成人し、施設を退所すると、その力をひた隠し、ひっそりと独り暮らしを始めた…。



「お姉さん…聞こえる?僕だよ…」


十数年ぶりに、ケイタは交差点の彼女に思念を送った…。


彼女はニタリと口角をあげた…。


「ケイタ…お前はもっと人間どもの深くへ潜り、私を楽しませろ」


「うん、判った…」


ケイタは難無くある大手広告代理店に職を決め、クライアントの獲得率は力を使えば100%になるものも、加減し、なるべく目立たない様にしていた…。



「ケイタ!クライアントと打ち合わせだ!一緒について来い!」


先輩社員がケイタに告げる…。



会議室の打ち合わせの席につくと、ケイタの頭に彼女からの思念が届く…。



ケイタ…私を楽しませろ…。



ケイタは邪悪な鈍く光る瞳を、クライアントと先輩社員へ向ける…。


クライアントと先輩社員の目が赤く染まり、激しい口論から、掴み合いを始め、ケイタが、その場から離れるや否や、二人はついに殺し合いを始めた…。


クライアントがテーブル上の花瓶で先輩社員の頭を殴り、先輩社員は座っていた椅子を持ち上げ、クライアントのこめかみを払った…。


互いに頭から血を流しながらも、狂った笑いを浮かべながら、尚も殺し合いは続く…。


クライアントはボールペンで先輩社員の左目を深く突き刺す…。


ボールペンは先輩社員の脳まで届き、脳みそを破壊するも、先輩社員はボールペンが突き刺さったまま、クライアントを殴り倒し、クライアントの顔を何度も革靴の踵で踏んづける…。

 

踏まれ続けられるクライアントも、ボールペンが脳まで刺さった先輩社員も、狂った笑いは止まらない…。


クライアントの頬は千切れ、鼻はひしゃげ、眼球が潰れたまぶたの裏から大量の血液が流れ出し、ついにクライアントはこと切れた…。


顔を踏み続ける先輩社員のボールペンの刺さっていない右目が白目をむくと、先輩社員はそのまま勢いよく後ろへ倒れた…。


倒れた先輩社員は、テーブルの角に思い切り後頭部を打ちつける…。

テーブルの角には、剥がれた髪と頭皮がこびりつき、先輩社員は耳から血を流し、笑顔で死んだ…。



ケイタは邪悪な笑い顔でふたりの殺し合いを見ていたが、ふたりが死ぬと、真顔に戻し慌てた素振りで助けを呼びに行く…。


「大変です!先輩とクライアントが口論になり、掴み合いの喧嘩を始めてます!止めても無駄でした!お願いします!一緒に来て下さい!」


ケイタはオフィスで叫んだ…。


社員数名と会議室へ駆け込む…。


無惨な死体のふたりが倒れていた…。



あはは…なかなかやるねー。


うん、楽しかった…。


腹も満ちた…。


ケイタは上を見上げると、赤いアザミの花があり、ケイタの頭に思念が届くとアザミの花はスーッと消えた…。


ケイタはアザミに対する思念を打ち消し、ニヤリと笑い、独り言ちた…。



まだまだお前のペットでいてやって、たっぷり楽しませてやるよ…。


今はまだね…アザミお姉さん…。



ケイタは邪悪な笑いの中で、赤く染まった唇を長く淫靡な舌で舐めた…。


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