第17話 割り込み

人々が行き交う横浜の交差点…。


その交差点の信号機の上に、彼女は腰掛けている…。


邪悪な笑みを浮かべ、人間どもの憂いや怒りの心の叫びを聞くために…。



「また、あの人だ…。いつもの割り込み…」


小柄な女が呟いた…。



信号機の上の彼女はニヤリと笑い、吐息をひとつ、フッと吐いた…。


吐いた吐息は、茎と葉に鋭いトゲ持つ、暗く赤いアザミの花に姿を変える…。


アザミの花はゆらゆらフラフラ、風に揺らいで女の身体にトゲを刺すと、そのまま女の身体に融け込み、信号機を見上げて見ると、信号機に座っていた彼女も消えた…。



女は、商店街にある雑貨兼洋服を販売している店の、会計と事務を担当する社員にやっと就職できた…。


上司からの言いつけで、日に二度、釣り銭の両替と売上を入金する為に、いつも混雑している1台しかないATMへ並ばさせられる…。


早く終わらせないと、自分の休憩時間に食い込み、休憩時間が無くなる…。


ATM待ちの列に並び、順番を待つ…。


もうすぐ私の番…。


すると、必ずと言っていいほど、大柄ないかつい男が女の前に割り込んでくる…。


割り込むと振り向き女を睨み、そのままATMの前に立つ…。


女は男が怖くて何も言えず俯向くばかり…。


男は、ゆっくりとATMを操作している…。


休憩時間は終わりかけていた…。



上司に頼んでATMの時間をずらして貰っても、いかつい男は必ずやって来る…。



男は近所の居酒屋の社長だった…。


商店街では乱暴者で知られているらしく、後で並んでいる人が、割り込みを咎めても逆に怒り、女を指差し怒鳴る…。


「こいつに順番を取らせていたんだ!文句あるか?」


咎めた人や後列の人々は一斉に女へ非難の視線を浴びせ、女はすごすごと、また一番後ろの列に並び替える…。



「こんな事、毎日じゃ…」


気の弱い女は、ストレスを溜め込み具合いが悪くなった…。



「やっと雇って貰えた職場なのに、辛いな…」



女の頭に囁やく声が聞こえてくる…。


囁やく声に違和感は無く、女は囁やく声に耳を傾ける…。



酷いよね?


あんたが大人しいから、あいつは割り込んで来るんだよ…。


ストレス溜まるよね?


このままじゃ、あんた身体壊して、職を失うよ…。


どうする?


私が力を貸すよ…。


あいつは消えて貰おうよ…。



女の目が赤く染まり、女はニヤリと笑い頷いた…。



翌日、女はATMの列に並ぶ…。


ATMの扉の前で、またあの男が割り込んでくる…。


男は振り向き威嚇をし、女へ背を向けると、女はトートバッグからナイフを取り出し、男の背中へ身体ごとぶつかり、背中を刺した…。


倒れ込む男の後頭部を、隠し持っていた大型のスパナで叩きつける…。


女の目には、周りに列をなす人々は消え、ギャハハと狂った笑い声を上げ、スパナで男の後頭部を殴り続けた…。


背中に刺さったままのナイフの柄を足で踏みつけ、後頭部を殴り続けた…。


人々は恐れ慄き、遠くから眺める…。

 

連絡を受け、警察官がやって来た…。


手に持つスパナを放り投げ、死んだ男の横顔に足蹴をくらわし、狂った笑い声を上げたまま、女は車道へフラフラと歩んだ…。


女の目には、何も映っていない…。


警察官が取り押さえようと手を伸ばすが、間に合わず、女は車道へ入っていった…。


左折をしてきたダンプカーが、目の前に飛び出す女を見て、急ブレーキを踏むが、間に合わず、女は跳ねられ、跳ねたダンプカーの前輪で顔を轢かれた…。


女の顔は、鼻から上が潰れたが、無傷な口元には、未だ狂った笑みが浮かんでいた…。



あはは…気の弱い女もやるもんだね…。


いかつい男を殺しちゃうんだからね。


割り込まれただけだけど、よっぽど恨んでいたんだね…。


あはは…楽しい!


割り込みぐらいって、割り込みするやつは思うかもだけど、恐いなー、人の心ってねー。


恐いなー、ストレスって…。



彼女はまた交差点の信号機の上。


邪悪な笑みを浮かべた悪魔だった…。


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