第16話 ホームレス
おごり、傲慢、破壊…。
人間どもの欲望渦巻く、横浜の交差点は、目には見えぬ暗雲が漂っている…。
その交差点の信号機の上には、邪悪な笑みの女が座っている…。
もしも、彼女の姿が見えたなら、まだ、うら若く、歳の頃なら、17〜18歳くらいに見える美しい顔立ちだが、その瞳は老獪で、赤く妖しく光っていた…。
「ちっ…ムカつくなぁ…また、ジジィでも殴りに行くか…」
交差点の信号機の上の彼女がニヤリと笑った…。
獲物を見つけて舌舐めずりをした…。
彼女は吐息をフッと、ひとつ吐く…。
吐いた吐息は、茎と葉に小さな鋭いトゲを持つ赤くくすんだアザミの花へと姿を変え、ゆらゆらフラフラ舞い降りて、若い男の身体にトゲを刺し、若い男の身体に融け込み消えた…。
交差点の彼女を見ると、彼女も花と一緒に消えていた…。
若い男は大学受験に失敗し、予備校へ通う浪人生だった…。
プライドが高く、大学受験に落ちたことも人のせいにする、決して自分の非を認め無い性格で、少しでも嫌な事があると公園に住みついたホームレスをいたぶった…。
住宅街から離れた公園は、深夜になると人通りも無く、ホームレスに乱暴をしても、誰も咎める者は現れなかった…。
ゴミ収集場に捨ててあった、ゴルフのドライバーを持ち出し、公園へ向かう…。
ブルーシートとダンボールで作った小屋の中に、布団に包まったホームレスを見つけた…。
若い男は軍手をはめ、ホームレスの首根っこを掴むと力いっぱい引き摺り出した…。
公園の土の上に転がらせられたホームレスは、訳が判らなかったが、若い男に対して謝った…。
「すいません、すいません…」
土下座で謝るホームレスは、小柄な初老の男だった…。
若い男の頭の中に囁やく声が聞こえてくる…。
ホームレスなんか、負け犬だよねー。
働かないで汚れたままで、見るに耐えないだろ?
お前より劣る奴には、どんなことをしても許されるんだよ…。
さぁ、思いっきり、いたぶってやりな…。
若い男は狂気に操られ、狂った笑いを洩らしていた…。
若い男はヘラヘラと笑いながら、土下座のホームレスの脇腹を蹴り上げた…。
軽く飛ばされた小柄なホームレスは、脇腹を抑えながら、それでもまた若い男に謝る…。
「すみません…すみません…堪忍してください」
若い男はホームレスを所構わずドライバーで殴った…。
ケラケラ笑う若い男から、アザミの花が現れて、花びらが綿毛に変わるとゆらゆら四方、八方へ飛んで行く…。
綿毛は若い男を恐れ、隠れていたホームレス達や、カラスや野良犬にまで取り憑いた…。
若い男は、ゴルフのスイングポーズで、ドライバーを振り抜くと、ドライバーのヘッドはホームレスのこめかみにヒットして、ホームレスは、そのまま息を引き取った…。
何にもしてないのに、仲間が殺されたね…。
あいつを放っておいて良いのか?
次はお前らの番だよ…。
高らかに笑う若い男の姿を遠巻に見つめる男達の赤く光る目があった…。
頭の中に囁やきを聞き、仲間を殺した若い男を見つめるホームレスの男達は憎悪を燃やした…。
ホームレスを殺害した若い男は、正気に戻った…。
我に返り、殺人を犯してしまい、一刻も早くこの公園から逃げ出そうと、ドライバーを投げ捨て振り向くと、そこにはホームレスの男達が立って、若い男の逃げ道を塞いでいた…。
若い男はまた振り向き、逃げようとするが、憎悪の目で見るホームレス達は、若い男を取り囲み、ホームレス達は若い男へジリジリと囲んだ輪を狭めて行く…。
「どけ!!」
若い男は震えながら怒鳴った…。
ホームレス達は無表情で若い男へにじり寄る…。
ホームレス達のひとりが、手に持つフォークで若い男の太腿へ無言のままに突き刺した…。
「ぎゃー!」
ホームレスのひとりが、フォークで若い男を突き刺したのを皮切りに、ホームレス達は、次々手に持つ錆びた釘や竹串、箸などで若い男の胴やら腕やらを突き刺して、まるで前衛芸術家の作るオブジェのように、若い男の身体には、フォークや箸が生えていて、奇妙な姿に見えていた…。
痛み絶えられず、しゃがみ込もうとする若い男を無理矢理立たせ、ホームレス達は、石や枝で若い男の頭を殴る…。
若い男を支える手を放し、若い男が横たわる…。
若い男が投げ捨てた、ドライバーをホームレスのひとりが拾い上げ、若い男のこめかみにスイングする…。
若い男は、首が曲がり自分の肩に耳を押し付け、耳から血を流しながら絶命した…。
ホームレス達はひとり、ふたりと去って行き、自分の居場所へ帰ると、全てを忘れて正気に戻り何事も無く、眠りについた…。
公園の片隅でオブジェとなった若い男は、
血の臭いに誘われたのか、地からは犬が、空からはカラスが、若い男の身体を食いちぎり、カラスは目玉をついばみ喰って、犬ははみ出た腸を喰らった…。
そして、あらかた若い男を喰い尽くすと、カラスも犬も去って行く…。
公園に残ったのは、若い男が殺したホームレスと無惨な骸となった若い男だけだった…。
あはは…高慢なガキは騙すのは簡単…。
怨みを持っていたホームレス達も、スッキリしたろうね?
まぁ、正気に戻したから忘れちゃってるけどね…。
あぁ…楽しかった…。
彼女はまた交差点の信号機へ戻った…。
次の獲物を待つ為に…。
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