第11話 隣人

希望と絶望、憧れと妬み…。


人間どもの心の中はふとした契機でガラリと変わる…。


人の行き交う交差点の信号機の上に座り、彼女は獲物を待っていた…。 


人を欺き狂わせて、破滅へ堕とす壊れた心…。

 

それを糧とする為に、彼女は獲物に囁やきかける…。



「どうしてこんな事に…あぁ、嫌だ…あんな人とは判らなかった…」



彼女はニヤリと邪悪な笑いを吐息にのせた…。


吐息は茎と葉に小さな鋭いトゲを持つ、赤いアザミの花に変わった…。


アザミの花はゆらゆらフラフラ、鋭いトゲで女に刺すと女の身体に融け込み消える…。


信号機の彼女も消えた…。



夫婦で懸命に働き、やっとの事で中古ながらも、庭つきの一軒家を手に入れた。


女は引っ越すとともに、会社を退職し専業主婦となった。


子供が出来なく寂しいだろうと、女の夫は犬を買った。


犬は庭へ放ち、庭で飼う。


女は憧れのマイホームと犬に癒やされ、幸せを実感していた。


垣根で隔たる隣家の夫婦も、気さくで女夫婦を歓迎した…。


庭で毎日、隣人の主婦へ挨拶をする…。


隣人の主婦も笑顔を見せて挨拶を返す…。


お互いに行き来をするようになり、庭の犬も可愛がってくれていた…。


ある日、犬が垣根の隙間から、隣家の庭へ入った…。


隣人の主婦が大切に育てていた植え花を、一本だけだが、犬が踏みつけてしまう…。


女は頭を下げ、丁重に謝罪した…。


「いいのよ…気にしないで…」


そう言う隣人の主婦の言葉に甘え、女はホッと胸を撫でおろした…。


その翌朝、女が庭へ出ると、ゴミが…生ゴミが散乱していた…。


「誰かのイタズラ?」


ゴミを片付け、また、翌朝になると、またもや、庭にはゴミがあった…。


丁度その時、隣人の主婦が見えたので、女は主婦に訊いてみた…。


「知らないわよ!私を疑っているの?」


「いえ、そんな…」


女は夫に頼み、防犯カメラを設置した…。


ゴミを投げ込んでいたのは、隣人の主婦だった…。


「なんで隣の奥さんが…」


それでも、女はゴミを投げ込まれる原因が判らず、その日は隣人には黙っていた…。


翌朝起きて庭に出ると、愛犬が死んでいた…。


病院で調べると、ゴミに混ざって、毒入りの餌があり、それを食べて死んだのだった…。


カメラで調べて見るも、主婦がゴミは投げ入れた所は映っていたが、毒入りの餌を与えていたのは確認出来なかった…。


しかし、カメラに映っていた人物は、隣人の主婦ただひとり…。


女は隣人へ抗議をしに行く…。


「ゴミはあんたの犬が、うちの庭に持ってきたゴミを、集めて返しただけだ!文句があるのか?」


以前と違って乱暴な口調だった…。


「でも、毒入りの餌を食べさせられて、うちの犬は死んだんですよ」


「そんなの知るか!証拠はあるのか!」


「ゴミを投げ込む、あなたの姿が映ってます!とにかく、もう止めて下さい」


女は泣きながら主婦に訴えた…。 


帰宅した夫に話すが、証拠を抑える為にしばらくは様子を見ろと言う。


しかし、夜中に防犯カメラを壊される。


女は警察へ相談に行くが、隣人トラブルとして、おざなりに構えているのが判る…。



「この家、嫌だ…引っ越したい…」


「やっと手に入れた家だぞ。まだローンだって何年も払うんだ…俺が休みに話して来るから、もう少しだけ我慢しろよ…」


女は、隣人の主婦の顔も見たく無く、ぶらりと出掛け、交差点に差し掛かった…。



女の頭の中に、誰かの囁やく声が聞こえる…。


囁やく声に、まったく違和感は無く、囁やく声に耳を傾ける…。



酷いことするばばぁだね…隣の女は…。


旦那の休みまで我慢出来るの?


毎日被害を受けるのは、あんたなんだからね…。


犬まで殺されてさ…。


敵を取りなよ…。


あんなばばぁ、殺しちゃいな…。


女の瞳が邪悪に変わる…。

 

そして、瞳の奥には狂気がみなぎった…。


「そうだ…もう、我慢出来ない…。殺そう…」


そうだ…殺せ…殺せ…殺せ…殺せ…。



女は自宅から夫の工具箱をぶら下げて、隣家のチャイムを鳴らした…。


ドアを開いて隣人の主婦が現れた…。


いきなり工具箱で隣の主婦の頭を殴ると、主婦は膝から崩れて気絶した…。


女は主婦を引き摺り、壁に背もたれかけさせると、ロープを取り出し、手足を縛り、余ったロープで猿ぐつわをする…。


主婦の髪を掴み、壁にドンと打ちつけると、丁度時間になったのか、部屋にそぐわない壁に吊るした大きなカラクリ時計がメロディーと共に、中から人形が現れて、曲に合わせて踊り出した…。


女はケラケラと笑いながら時計を見上げた…。


そして、狂った瞳で主婦を睨んだ…。


「お前、何であんな事した?うちの犬が花を荒したからか?」


主婦は頷く…。


「謝っただろ!それなのに…まぁ、いいや…」


女は言葉を続けた…。


「お前、何日、うちへゴミを投げ入れた?」


目覚めた主婦は、ただ首を横に振る…。


女は金槌を持つと主婦の足の小指を打ちすえる…。


「1日目…2日目…3日目…」


数えながら、主婦の足の指を打ちすえる…。


猿ぐつわの主婦は呻きしかあげられず、目からは涙を流している…。


「4日目…」


女は、手の人差し指をペンチではさみ、ペンチごと金槌で叩く…。


「ゔが…」


人差し指は骨まで潰れ、爪がもぎれて床に落ちた…。


女は中指、薬指と潰して行く…。

 

「あ〜ぁ、数えるの面倒…全部潰しちゃお」


手の指にペンチをはさみ、金槌で叩いて、全て潰すと、ペンチと床は血まみれになった…。


ケラケラ笑いながら、主婦の服でペンチを拭うと女はまた、言った…。


「あんたさぁ…あの臭いゴミを私は毎日片付けたんだよぉ~、鼻が曲がりそうだったよ…」


ぐったりしている主婦の鼻を、ペンチではさみ、思い切り捻り回す…。


鼻はひしゃげ、形が変わり、鼻血がつぅと流れ出す…。


「そう言えばさぁ、あんた、うちのカメラも壊したでしょ?直さなきゃね…そうだ!直す練習をしましょう…」


女はスクリュードライバーを取り出すと、主婦の右目の瞳に刺す…。


それをゆっくり右に回す…。


瞳の中でスクリュードライバーだけが、空回りする…。


「なんだ、つまらない…目玉がクルクル回ると思ったんだけどなぁ…」


主婦はもう虫の息…。


目から鼻から、血が流れて止まらない…。


「うちのワンちゃんを殺したね。これはお返し…」


女は金槌を主婦のこめかみに打ちつける…。


打たれた主婦の頭は壁に当たり、反動で戻って来る…。


繰り返し殴るとその都度壁に当たり跳ね返る…。


ドンと鳴る壁の音とこめかみに当たる鈍い音が交互に聞こえる…。


主婦はとうに息絶えているが、何度も何度も殴りつける…。


こめかみに金槌がめり込み、こめかみから金槌がぶら下がると、女は肩で息をして、ドンと勢いよく壁へ背もたれた…。


すると、壁に吊ってたカラクリ時計の留め具が緩んで外れてきて、女の頭に落下した…。


狂った女は、笑顔のままで、時計を受けて、命が消えた…。


倒れた女の潰れた頭の上で、大きなカラクリ時計のメロディーと共にカラクリ人形が現れて、曲に合わせて踊り出した…。



あはは…あはは…あははははは…。


ナイス、カラクリ時計!


面白かったー!!


ああいう女こそ、残忍になるんだねー!


あぁ…楽しかった…。



彼女は邪悪な笑みのまま、あの交差点の信号機へ座った…。


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