第10話 騒音
人間どもの悲痛な叫びと怒りの混沌から、彼女はひっそり現れたのか、それとも邪悪な欲望に命を吹込み生まれて来たのか定かではない…。
今日も人々が行き交う交差点の信号機の上で、獲物を狙い舌舐めずりしていた…。
「二階のジジィ、うるさいな!夜中に咳をするなよ!」
彼女は女を眺めると、ニヤリと笑って吐息を吐いた…。
吐いた吐息は赤く小さなアザミの花に変わる…。
茎と葉に小さな鋭いトゲを持つアザミの花に変わっていった…。
アザミの花はゆらゆらフラフラ舞い降りて、女の身体に触れると女の身体に融けて行く…。
信号機を見上げると彼女の姿も消えていた…。
女はイタズラ盛りの息子を持つシングルマザー…。
金銭的に安く住める木造アパートの一階へ越して来た…。
二階も一階も一世帯だけの小さな古いアバートだった…。
二階の住人は老いた男のひとり暮らし…。
年金生活者なのか、いつでも男は部屋にいた…。
女は朝には息子を保育所へ預け、夜には迎えに行き部屋に戻る…。
息子の世話やき、深夜にはクタクタになり寝床へつく…。
眠りにつこうと目を閉じるが、二階からの排水の音や歩き廻る足音がうるさくてなかなか眠れない…。
不動産屋へ文句を言っても、木造なので音か聞こえるのは当たり前、入居時に説明の義務は無いと無下に言われた…。
「それでも説明して納得させる親切心は無いのですか?なんとかしてください」
不動産屋は、住むのが嫌なら引っ越しなさいと言われ、費用が無いから引き下がるしかなかった…。
二階へ行き、頼んで見る…。
「すみません、夜中の音がうるさくて、眠れないので少し注意をしてください」
「何?お前のガキの声の方がうるさいだろ!」
と、逆に怒鳴られ女は怒った…。
糞ジジィ…あれからワザと音をたててる…。
ムカつくジジィだ!!
咳をする…足音は強く、たまにドシンと尻もちをつく…。
排水口の音や蛇口からしたたる音でさえ、女の耳を苛立たせた…。
「ジジィ…殺してやりたい…」
すると頭の中に声がする…。
囁やく声が聞こえてきた…。
そうだよ…引っ越せないし、誰も助けてくれないからね…殺しちゃおうよ…あんなジジィ…殺しちゃおうよ…。
囁やく声に頷くと女の瞳は妖しく光った…。
夜中になる…。
いつもに増して音が激しい…。
ドーンドーンと床を踏みつける音かする…。
酔っているのか、嫌がらせをされている…。
音に怯えて、息子まで目を覚ました…。
女は吸いかけのタバコをもみ消し息子に言った…。
「大丈夫よ…ママが今、静かにしてくるからね…イタズラしないでおとなしく待っててね…」
女は狂った目をして、ハサミを握り、二階へ階段をのぼって行った…。
玄関ドアを叩くと男が出てきた…。
酒の臭いが流れ出る…。
「ジジィ!もう少し静かに出来ないか?」
女は怒鳴った…。
酔った男は女の胸ぐらをつかむと、部屋に引き摺り込んだ…。
男は女を押し倒し、女を犯そうと襲ってきた…。
女は手に持つハサミで、男の太腿を突き刺した…。
怯んだ男は尻もちをつき、女はもう片方の足にハサミを刺した…。
「何をする!」
狂った目をした女にたじろぎ、両手を使って後ずさる…。
女はそれを見て、ケラケラ笑い、更に腕にハサミを突き刺した…。
痛みで押さえるその手もついでと、またもやハサミで突いて刺す…。
両手両足をハサミで刺されて痛みに耐えられず、男はそのままうずくまる…。
上を向いた背中をめがけ、女はハサミを振り下ろした…。
六回、七回、八回と女はハサミを振り下ろす…。
グサッ、グサッと音が鳴り二十数回背中を刺すと男はぐったり動かなくなる…。
僅かに残った男の頭髪を掴んで、女は男の顔を上げさすと、見開く男の両目にズブリ…ズブリと目玉ごと突き刺し、男は無惨に殺された…。
男を殺した女はしばし、ケラケラケラケラ笑っていたが、真顔に戻ると階段を降りて自部屋に向かった…。
起きて待ってた息子は退屈をし、イタズラ心でガステーブルの点火ボタンを押すが、火は着かずにガスだけ漏れていた…。
息子はガスを吸い込み、床に倒れている…。
赤く小さなアザミの花が女の身体から姿を見せて、自ら花びらを千切って飛ばし、息子の身体に入って行った…。
ガス漏れなどとは知る由もなく、女は自宅の玄関前でタバコに火を着け、ひと息吸った…。
火の着くタバコを指ではさみ、玄関扉を開いた瞬間、充満していたガスに火が着いて、部屋中ドカンと爆発をした…。
女は火炎に炙られ、火だるまになり黒焦げになる…。
倒れていた息子を、何の不思議か、闇に蠢く彼女が守り、小さな息子の命を救った…。
あはは…派手な花火で楽しいな…。
怒った女を狂わせるのは面白い…。
それにしても、あたしって優しくない?
ガキを助けてやっちゃった…。
あはは…そのまま取り憑いててやるけどね…。
成長するまで待っててやるよ…。
家畜は太らせてから、食べたいからね…。
あはは…楽しみだな…。
息子は病院へ搬送されて、彼女はまた交差点へ舞い戻った…。
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