第7話 嫁

彼女はいつ生まれたのか、いつからこの人間どもが行き交う横浜の交差点の信号機の上に潜んでいたのか誰も知らない…。


苦しみ悲しみの渦巻く声を彼女が拾うと、彼女は人間どもへ取り憑いて、容易に欺き誑かし人間どもを闇に堕とす…。



「あぁ…痛い…嫁さんに突き飛ばされて彼女は手をくじいたなんて、お医者さんには言えないものね…」



彼女はニヤリと口角をあげ、フッと一息、吐息を吐いた…。


吐いた吐息は赤く小さな花になる…。


葉と茎に小さく鋭いトゲを持つ、アザミの花へと姿を変えた…。

 

鋭いトゲ持つアザミの花は、ゆらゆらフラフラ飛んで行き、老女の身体にトゲを刺すと、身体に融け込み消えていく…。


交差点の信号機には、彼女の姿も消えていた…。



服部さよは、老女と呼ぶにはまだ早いのかもしれない…。


還暦を僅かに過ぎた年齢だったが、夫に先立たれ、めっきり老け込んでしまった…。


夫の残した多額な遺産と広すぎる自宅を受け継いだが、質素に暮らしていた…。


息子夫婦の提案で、ひとり暮らしは寂しいだろうと、息子夫婦と同居を始めた…。


息子の前では貞淑を演じる嫁だったが、日中さよとふたりになると、さよのおとなしい性格を逆手に取って、嫁はさよをいたぶった…。


「行ってらっしゃい…出張、早く帰って来てね」

 

「お袋を頼んだよ」


息子は出張に行ってしまった…。



さよは気が重くなる…。


ずる賢く振る舞う嫁に息子は、さよが迫害を受けているなど露にも思ってはいない…。


さよは自分が我慢をすれば夫婦の関係は悪くならないだろうと、息子のマサヒロには黙っていた…。


嫁のリカコは目論見があった…。


たっぷりとあるさよの遺産とこの土地建物…。


さよが逝ったらマサヒロと離婚をし、慰謝料としてマサヒロが受け継ぐ遺産の半額…いや、取れるだけ毟るつもりだ…。


リカコは漂白したさよの食器をゆすがず、そのまま料理を食器に盛った…。


「リカコさん、今日のご飯、少しなんか臭いがするんだけど…」


「あぁー!何か私が変な物を入れてると思ってないでしょうね!!」


「でも…ちょっと味見してみて…」


「うるさいな!ばばぁ!黙って喰え!!」


さよは食事を残す…。



「ばばぁ!私が作った物が喰えないのか!?畜生!お仕置きだな!!」


リカコは機嫌をそこねると、お仕置きと称して、さよの腕をねじり上げ、さよの腕に縫い針を刺す…。


傷がマサヒロに気づかれない様、服に隠れた身体に刺す…。


チクチクと何度も刺しては嘲笑う…。


「痛い!」


「ばばぁ、マサヒロに言うなよ!言ったらこのくらいじゃ済まないからな!」


ぽつんと吹き出た血の玉を手のひらで撫ぜて涙を流した…。



すると頭の中で囁やく女の声がする…。



酷い嫁だね…なんでそんなに耐えてるの?


「私が我慢さえすれば、息子夫婦はうまくいくから…」


馬鹿じゃないの?嫁はあんたの遺産目当てで、あんたの息子なんか愛してないよ…。


あんな嫁、早く消して息子とふたりで暮らしなよ…。


「でも私は身体が弱いから…」


ならさ…嫁を動けなくしたらいい…。



さよはリカコに掃除と洗い物を言いつけられ、仕事を終え、アイスティーを作った…。



アイスティーの中には医者から貰った睡眠薬を溶かして混ぜた…。



「リカコさん、今日は少し暑いから、アイスティーを作ったけど飲む?」


「気が利くわね…甘くしてくれた?」


リカコは疑いもせずにアイスティーを飲み干した…。


しばらくすると、眠いと言って和室の畳で横になった…。


死んだように眠るリカコの両手両足と首に縄を結び、大の字に綱を引き柱にくくる…。



さよの頭にまた囁やきが聞こえる…。


今までのあんたの苦しみ、全部返してあげるんだよ…さぁ…さぁ…さぁ…。


さよの瞳は狂気に満ちて、赤く赤く光ってる…。


さよは流れる涎も拭わず、裁縫箱を引き寄せた…。


縛られても、少しも起きる素振りを見せないリカコだった。


さよはハサミを取り出し、リカコの服と下着まで切り裂き全裸に剥いた…。


マチ針を一本取り出して、リカコの肩にずぶりと刺した…。


刺された痛みでリカコは目覚め、さよの狂った笑いに負けずと怒鳴る…。


「ばばぁ!お前、何しやがった?」


手足と首まで縛られて、リカコは身動き出来ない…。


「ばばぁ!ほどけ!殺してやる!」


さよはケラケラ笑いながら、リカコの髪を掴み、リカコの頬へ針を刺す…。


針は頬を貫き、舌まで刺した…。


喚き吠えるリカコの頬の右から左からと針を貫く…。

 

針は舌まで縫い付けられて、リカコは声すら出せなくなった…。


「お嫁さん…やっと静かになったわね…」


「私はあなたに針を刺されて、痛みよりも情けなかったわ…」


「こんなことされたらあなたも情けなくなるかしら…」


リカコの柔らかな腹に針を刺していく…。


「一本…二本…三本…四本…」


見開くリカコの目に涙が流れる…。


「あら、泣いているの?可哀想に…目があるから涙がでるのね」

  

さよは針を持ち、見開くリカコの目に針の尖った先を近づける…。


「ああ、ああ…」


針を避ける為、頭を振るが、頬の針が舌を傷つけ舌を貫く…。


目に向けた、針は少しの容赦も無く、リカコの眼球へ突き刺した…。


「がぁあー」


痛みと恐怖でリカコは藻掻く…。


必死で藻掻くと右足の綱が切れ、右足だけが自由になった…。


さよは針を投げ捨て、リカコの腹に、ハサミを突き刺した…。


その時リカコは動く右足で思い切りさよを蹴飛ばす…。


軽いさよは柱まで飛ばされ、柱の角に頭を強く打ちつけられて、頭が割れてそのまま逝った…。


リカコは腹のハサミを抜けず、血を流し続けて無惨に死んだ…。



あははははは…。


あんなにおとなしいおばぁちゃんでも、狂うと残酷になるんだね…。


今日のは凄く楽しかった…。

 

次は誰を欺き誑かそう…。

  


人の行き交う交差点の信号機…。


彼女はまた、誰かの憂いを聞いていた…。



 


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