第6話 不倫
嫉妬、妬み、願望渦巻くこの交差点の信号機の上に彼女はいる…。
行き交う人間どもの呻きや怒りを聞き取る為に…。
薄ら笑い浮かべながら次の獲物を探していた…。
「課長…今日は来るよね?私の部屋へ会いに来るよね?あぁ…やっとふたりの時間になるね…」
信号機の上、彼女はぺろりと唇を舐め、吐息を一回ふっと吐いた…。
彼女の吐息は花に変わる…。
赤く小さなアザミの花…。
葉や茎に小さく鋭いトゲを持つ…。
血の色をした赤いアザミの花は、ゆらゆらフラフラ飛んで行き、女の身体にトゲを刺すと、女の身体に融け込んで消える…。
信号機を見上げると、彼女の姿も消えていた…。
女は会社の上司である課長と不倫関係であった…。
課長はその女との関係は、遊びの延長…何故なら、課長は自分の妻を愛しているからだ…。
会社には不倫の事実を絶対に漏らさぬ様に、会社内では、職務以外の会話は避けている…。
女には離婚をする気は無い旨を、課長は常に話していた…。
女も最初は納得していたが、時間が過ぎると課長に対する恋心が強くなり、課長を独り占めにしたくなっていた…。
女の頭の中に、何やら囁やく声がする…。
ねぇ…あの彼を愛しているんでしょ?
彼は奥さんを必要としているよ…。
そんなの知っているよね…。
でも最初にあなたを誘ったのは彼の方だよ…奥さんの都合であなたは振りまわされている…それって不公平だよね?
彼の奥さんは彼をあなた程愛している?
今日、彼の家の鍵を盗りなよ…。
奥さんと会って確かめなよ…。
女は囁やく声に頷いた…。
女は瞳に狂気を宿し、男に対する欲望が身体中を満たしていった…。
「ねぇ、マサキさん…どうして水曜日しか来てくれないの?」
「今日は…いや、水曜日は妻がフラワーアレンジメント教室の友人と帰りに食事会があるからね」
「また奥さんの都合?」
「しょうがないだろ…妻には絶対に秘密なんだから…」
「でも…もう少し会える日が欲しいよ…」
「無理を言うなよ、最初からの約束だろ?」
「マサキさん…私の事、嫌い?」
「嫌いなら会う訳ないだろ」
「私は貴方が好き!せめて、週にもう一日だけでも会いに来てよ…」
「考えておくよ…」
課長のマサキはいつもより少し早めに帰って行った…。
彼がシャワーを浴びてる間に、盗っておいた鍵を見つめ、ヘラヘラと笑っていた…。
翌日、体調不良を理由に女は休みを取る…。
彼の自宅の場所は知っている…以前、彼の帰りを隠れて追って行った事があるからだ…。
タワーマンションの38階…集合ポストで部屋番号も確認済だ…。
女は彼の妻に負けない様に、自宅アパートで念入りに化粧をしていた…。
その時、またもや頭の中に囁やく声が聞こえてきた…。
考えてみなよ…あなたより彼の奥さんが彼を愛するなんて、ありえる?
あなたより彼を愛している女なんているはずないよね?
でも、彼は奥さんが一番…あなたは二番なんだよ…一番がいなくなったら誰が一番になる?
「私だ…私が一番になれる…」
そうだね…あはは…。
女はハンドバッグにナイフを忍ばせ、彼と妻のマンションへ向かった…。
オートロックのマンションで配送業者を装って中へ入るつもりだったが、住人が丁度中より出て行く所で、すんなり抜けられ、彼と奥さんの部屋の前まで着いた…。
彼から盗った玄関キーで、扉を開き中へ入る…。
足を忍ばせ奥さんを探すと、奥の部屋から話し声が聞こえる…。
誰かと電話をしていよようだ…。
女は耳をそばだてる…。
「大丈夫よ、水曜日じゃなくても会えるわよ。旦那は私の言いなりなんだから…だって私を怒らせたら、パパが買ったマンションから出て行かなきゃならないからね…あいつは私に従ってりゃいいんだよ…それより今日、スーツ買ってあげるよ…」
電話を終え、スマホをテーブルに置き、彼の妻は化粧をするため鏡台の前に腰掛けた…。
殺意を秘めた女が潜んでいるとは知らないで…。
女は忍んで彼の妻の背後に立つ…。
鏡台の鏡に写る見知らぬ女に、彼の妻は驚き振り向く…。
「誰?」
その時、彼は鍵が無くなり、女が会社を休んだ…不審に思い、妻に電話を掛けた…。
いくら鳴らし続けても、何度呼び出しても妻は出ない…。
「出ないなんて…何かあったのか?」
虫の知らせか、不安に駆られ、彼は早退し自宅へと急いだ…。
「私はマサキさんの恋人…あんたはマサキさんをどう思ってるの?」
「マサキは私の夫よ!どう思うがあなたに関係ないでしょ?」
「あんたはマサキさんを愛しているの?私はマサキさんを愛している!」
「ふん!私はあいつの飼い主なのよ!餌を与えて奉仕させてるんだ!」
その時彼の妻のスマホが鳴った…。
「ほら、出なよ…マサキさんからだよ」
女の背よりアザミの花が姿を現す…。
それがふたつに分かれると、ひとつが彼の妻へ飛んで行き、身体に小さなトゲを刺し、妻の身体に融け込んだ…。
妻の頭に囁やきが聞こえた…。
あなたを裏切ったのは誰?
膝まづき足をしゃぶる犬野郎だよ?
許せる?許せる?後、あの女は何?
不細工なくせに、旦那を奪いにきたんだよ?むかつくよね…。
むかつく野郎はみんな殺しちゃおうよ…。
妻の瞳が赤くなり、狂気に満ちてチラリとひかった…。
赤く小さなアザミの花は、同時に女にも囁やきかけた…。
ほら、もうすぐ彼が帰って来るよ…。
3人になるね…。
彼を飼ってると言うやつは誰?
彼を愛していないやつは誰?
邪魔だよね…嫌なやつだよね…ならさ、殺しちゃおうよ…殺そ…殺そ…殺しちゃおうね…。
女はべろりと唇を舐め、狂った目をしてニヤリと笑った…。
女はハンドバッグからナイフを取り出した…。
彼の妻はキッチンへ行き、包丁を手にしてる…。
睨み合うふたり…。
その時、マサキが慌てて部屋に入って来た…。
女がふたり、同時に襲い掛かり合う…。
女はナイフを腰だめし、妻は逆手に振りかざす…。
「やめろ!!」
マサキはふたりを止めようと、ふたりの間に入った瞬間、女のナイフはマサキの腹に刺さり、妻の包丁はマサキの首を引き裂いた…。
女は腹から抜いたナイフに着いてる血を甜めた…。
狂った笑いが部屋に響く…。
妻は夫を切り裂く快感の狂気の中で、あそこが濡れた…。
女ふたりは互いに飛びかかり、互いの刃で突き合うが、狂ったふたりは痛みを感じず、下卑た笑いを顔に張り付け、所構わず刺し合い切り合う…。
女は頬と鼻が削げ、妻は右目と耳を裂かれた…。
時間の流れがスローになって、それでも互いに胸を刺し、陰部を刃で貫いて、ふたり同時に命が堕ちた…。
あはは…あはは…あぁ可笑しい…。
馬鹿な女達が殺し合った…。
馬鹿な旦那を道連れにして…。
楽しかったな…。
次はどうかな…?
彼女はまたもや交差点の信号機へ腰掛け、次の獲物を待っていた…。
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