第3話 介護

人間どもの都合など彼女には知ったことではない…。


幸せだろうが不幸だろうが人間どもを欺き狂わせ、そして命まで奪う…。


囁やき、騙し、道徳心やモラルまで破壊をし、ただ自分の楽しみ…快楽の為に人間どもの魂までも穢し貶しめる…。


それはまるで自分の糧の如く、人間どもを堕とすことのみに存在をしているかの様に思える…。



「あぁ…また、今日も宿直か…」



多数の人々が行き交う横浜の交差点…。


その交差点の信号機の上に彼女は腰掛け、人間どもの心の嘆きを聞いている…。


心の隙間につけ込んで、狂わせ破滅をさせる為…。



老人介護施設に勤める男が、施設に入所している認知症の老女に不満をもらした…。



「あのばぁさんの面倒をみないとならないのか…辛いな…」



彼女はニヤリと口角をあげる…。


そして、ふっと吐息を吐いた…。


吐いた吐息は赤く小さな花になる…。


葉や茎に小さく鋭いトゲのあるアザミの花に姿を変えた…。 


赤く小さなアザミの花はゆらゆらフラフラ飛んで行き、男の身体に鋭いトゲを刺すと、アザミの花は男の身体に融け込んだ…。




日勤の仕事を終えると、男は急いで介護施設へ宿直の仕事の為に電車に飛び乗る…。


ダブルワークをしないと生活費が追いつかないからだ…。


男は真面目で介護施設の入所者のご老人達にも慕われていた…。


ただひとりの老女を除いてだが…。

 

男は何故あの入所者…鈴木良子に嫌われたのかを考える…。


男が勤める老人介護施設は、基本、相部屋は無く、一人部屋を使用している…。


鈴木良子は、認知症ではあるが、施設内をさほど徘徊するわけでもなく、身体は至って元気である。


ただ、施設内の備品を勝手に持って行き、それを注意すると、えらい剣幕で職員に食って掛かる…。


それは全ての職員に対して、そうだから自分が嫌われる事にはならないと思う…。


だが一度、男の夜食の弁当を勝手にカバンを開き持ち去ろうとした時があった…。


男は優しく諭し、返して貰おうとしたが、鈴木良子は怒鳴り散らし男の肩を小突いた…。


「私が泥棒だと言うのか!!これは私が買って来た物だ!!」


「良子さん…これはこの施設から電車に乗らないと買えない場所で僕が夜食に買って来たものだから、返してくれない?良子さんは夕食を食べたでしょ?」


良子は弁当を放り、自部屋に戻ったが次の朝にはケロリと忘れていたかの様だった…。


やはり、あの弁当の時からかな?



男が宿直の時、鈴木良子は何回もナースコールで、男を呼びつける。


部屋に行くと用は無いから帰れと怒鳴る…。


それを夜中に頻繁に繰り返す…。


休憩時間もお構い無しだ…。


「用が無いなら呼ばないで下さい」


注意をすると、手に持った杖で男を叩く。


ナースコールが重なって、鈴木良子の部屋へ行くのが遅れると、怒って部屋中に糞尿をまき散らし掃除をさせられたこともあった…。


自分で勝手にベッドから落ち、お前が落して怪我をしたと言われて杖で殴られた時は、悔しくて情けなくて男は涙を流したが、それでも男は我慢した…。


そして、鈴木良子の暴力は日に日に酷くなって来ていた…。


暗い気持ちで施設へ着いて、ユニホームに着替える為に更衣室へ入ると、頭の中に囁やきが聞こえてきた…。



ねぇ…なんで酷い仕打ちを受けてるの?


あなたは一生懸命に介護をしているじゃない…良子以外の入所者は、あなたをみんな好いているのよ…。


生活費の為に、あなたは我慢してるけど、それではあなたは傷つくし、あなたは心の病気になるわよ…。


そうよ、良子は癌なのよ…癌ならちゃんと取り除かなきゃ、あなたをもっと蝕むわ…。


癌は早く手術しましょう…鈴木良子は切り取りましょう…。


頭に囁やく声に頷き、男の瞳に狂気が宿った…。


「そうだ…鈴木良子は癌なんだ…癌は潰して消さなくちゃ…」


男は鈴木良子からナースコールを待った…。


部屋へ行くと案の定、用はないから帰れと怒鳴る…。


男は狂った瞳のままで鈴木良子に近づいた…。


近づく男に良子は杖を振り上げた…。


良子が手に持つ杖を男は奪い、返す杖で良子を殴った…。


殴られ怯む良子をベッドから引き摺り投げて、足で良子の喉を踏みつけ、頭を叩いて殴りつけた…。


良子はすでに死んでいたが、それでも何度も何度も殴りつけて、顔が潰れて目玉が飛び出た…。


男が持った杖は折れて裂けて、杭の様になったので、男は良子の腹へ裂けた杖を突き刺した。


男はゴロリと良子をうつ伏せにし、良子の背中を強く踏むと裂けた杖は、良子の背から角を生やした様に貫いた…。


鈴木良子からは大量の血が流れ出し、部屋中に血の臭いが充満する…。


男は癌が取り除けた…良子からやっと僕は開放されたと、振り向き部屋から出ようとすると、良子の血糊で足が滑り、良子に重なる様に背中から倒れた…。


良子の背から生えた杖は、男の背から腹へと貫く…。


男は良子と背中合わせに縫い付けられて、狂気の笑みを浮かべ血を吐き死んだ…。



あははははは…。


ホント、お馬鹿さん…。


今まで我慢をしてたのに、ちょっと心を揺さぶってやったら、あっさり狂って殺しちゃった…。


あはは…あぁ、楽しかった…。


次は誰を欺き狂わせようかな…?



人の行き交う交差点…。


交差点の信号機の上に彼女はまた腰掛けた…。


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