第2話 金属バット
悲しみ、妬み、憂い、そして欲望…人間どもの感情の思念が渦巻き、捌け口を見つけられない愚かな人間どもが行き交うこの交差点の信号機の上に、彼女は今日も腰を掛け、人間どもの心の叫びを聞いていた…。
「何で息子は引きこもるのだろう…妻は妻で金遣いが荒く、毎日何処かへ出掛けいるみたいだ…これじゃ家族はバラバラだ…」
初老の男の声を聞いた…。
彼女はニヤリと口角をあげ、フッとひと息吐息を吐いた…。
吐息は赤く小さな花に変わった…。
人を欺くアザミの花…。
花は赤く美しいが、葉や茎には小さく鋭いトゲがある…。
アザミの花がゆらゆらフラフラ、男の身体にトゲを刺すと、アザミの花は身体に融け込む…。
交差点の信号機を見上げると、彼女は霧のように消えていた…。
男は仕事を終え退社すると、寄り道もせずにまっすぐ帰宅する…。
自宅の玄関を開けると、妻の香水のきつい匂いがした…。
リビングへ行くと、濃い目の化粧の妻がいた…。
「おかえりなさい」
「ただいま…」
どこかで買ってきた惣菜を皿に移し替えてる妻を横目で眺め、二階の寝室へ向かう…。
息子の部屋の前を通ると、ドアには、開けるな!の文字…。
部屋の中からは、キーボードを叩く音とゲームのBGMが聞こえてきた…。
息子の部屋のドアを叩く…。
「ヤスヒロ…たまには降りてきて一緒に夕飯食べないか?」
ダン!!
いきなりドアへ何かを投げぶつけた音に驚く…。
「うるさい!!」
息子は怒鳴るとまたキーボードを叩く音が聞こえた…。
男は寝室へ入ると、スーツを脱ぎ、部屋着に着替える…。
部屋の端に置かれたベッドに腰を掛けた…。
妻とはとうの前から、寝室は別々に分けている…。
家族3人、バラバラに時間を過ごす毎日だった…。
食卓へ座り食事をする…。
「今日、何処へ行ったんだ?」
「どこでもいいじゃない…家事はちゃんとやっているわよ!」
男はそれ以上訊ねなかった…。
食事を終え、息子の食事をトレーにのせ、息子の部屋の前まで運ぶ…。
「ヤスヒロ…夕飯、ここに置いとくぞ…」
返事は無い…いつもの事であった…。
男は寝室へ戻り、ベッドに横たわり読みかけの本を開いた。
本を読んでも、内容が入ってこない…。
本を閉じると頭の中に囁やきが聞こえた。
ねぇ、あなたはなんでそんなに悲しむの?あなたの憂いが私に刺さるわ…。
何処からともなく囁やく声に、男は違和感を覚えなかった…。
「家族がバラバラなんだ…」
それはあなたのせい?
「判らない…息子の育て方を間違えたのか?」
奥さんは?
「妻とは意見がことごとく違う…妻に合わせるのはもう疲れた…」
あなたは子育ても夫婦の関係にも、真剣に向き合っていたのでしょ?
「そうだね…家族仲良くと一生懸命に頑張ったつもりだった…」
でも、うまくいかなった…それはあなたのせい?違うでしょ?息子や奥さんが自分勝手なせいでしょ?
「うん、そうだ…そうだった…俺はちゃんとやっていたんだ!」
アザミは男が、心の奥底で叫ぶ声を肯定する…。
もう修復は出来ないの?
「妻や息子には、もう俺の言葉は届かない…」
ならば、一度壊して作り直しなさいよ…。
全てを壊して、あなたの家庭を作り直すのよ…。
「そうか…そうだね…作り直したら良かったんだ!」
男は囁やく声を聞き、狂気の扉を開いてしまった…。
男はゆらゆらとリビングへと階段を降りて行く…。
キッチンでは妻が誰の為の料理なのか?
フライパンに油を満たし、何やら揚げている…。
出来あいの惣菜しか自分には食べさせないくせに…。
きっと新しい男が出来たのだろう…。
以前妻から言われた言葉がよぎる…。
あなたって、つまらないわね…。
キッチンへ入り、薄刃の洋包丁を逆手に握る…。
そして、妻の背中から胸まで刺し貫いた…。
妻は前のめりに倒れ、熱した油が妻の顔を受け入れた…。
油へ倒れた反動で、熱く沸き立つ油を巻きちらし、妻とフライパンは床に転がった…。
妻の顔は焼け爛れ、香ばしい匂いが充満している…。
ガステーブルに目をやると、溢れた油に火が着いて、メラメラメラメラ天井まで、勢い衰えず燃えあがる…。
男はゆっくり階段を上がり、息子の部屋の扉を強引に開いた…。
「糞ジジィ!勝手に入るな!!」
26歳になってまで、養って貰っているのにね…。
頭の中に囁やきが聞こえる…。
ドアの脇に立て掛けてあった、息子の金属バットを男は握ると、息子の頭に振り下ろす…。
一回、二回と振り下ろす…。
男は薄ら笑いを浮かべながら、息子の頭に振り下ろす…。
息子は椅子から滑り落ち、床に座って男に言った…。
「パパ…ごめんなさい、ごめんなさい…」
男は、ヘラヘラ笑い息子の頭へ何度も何度も金属バットを振り下ろした…。
頭は割れて潰されて、脳味噌がバットにこびりつく頃、爆音と共に激しい火炎が階段を吹き抜け、息子の部屋まで侵してきた…。
炎は男に燃え移る…。
身体を焼かれ燃やされても、男の顔には狂った笑顔は消えなかった…。
全身、黒く焼け爛れ、金属バットを握ったままで、男は床に崩れ落ち、家も窓から天に向かって炎が上がり、黒い煙を吐き出した…。
あはははははー。
なんて馬鹿な一家なの?
壊した家族なんか作り直せる訳ないじゃん…。
あんなすぐに狂うだなんて…あぁ、面白かったー。
彼女は姿を現すと、また、交差点の信号機の上に腰掛けた…。
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