アザミ

ぐり吉たま吉

第1話 ストーカー




それはいつ生まれたのか誰も知らない。


混沌の闇から押し出されたのか、人々の思念が混じり合い、ドロドロに融けた狂気の渦から弾き出されたものか、彼女自身も判らなかった…。


気がつくと彼女は交差点の信号機の上に腰掛けて、行き交う人々を眺めていた。


彼女の様な存在を人間どもは何とよぶのだろう?

人を惑わす悪女?あやかし?それとも悪魔?


彼女はそんな呼び名には無関心だった。

自分が何者でも構わず、彼女は彼女だと認識していた。


彼女は怨み、妬み、憎悪を感じ、人々の苦しみや悲痛な叫びが大好きだった。


人を欺き惑わせて、狂わせ奈落へ堕とす為、彼女は獲物を待っていた…。


行き交う人の心の呻きが彼女には聞こえる…。


日に何十万人と行き交う横浜の交差点は人々の欲望と嘆きと妬みの渦だった…。



彼女は獲物を見つけると、フッと吐息を吐き出した。


すると吐息は赤く小さな花に変わった…。葉と茎には鋭いトゲを持つアザミの花だった…。


アザミの花はゆらゆらフラフラと、獲物に近づきトゲを刺すとそのまま身体に入って行く…。


信号機の彼女を見上げると、彼女は霧の様に消えていた…。




「レイコは僕の事を好きなのに、何で素直にならないのかな?毎日会いに行っているのにね…今日もレイコの好きなケーキを買って来たよ」


男は今日もレイコの住むアパートの前に佇んでいた。


「いつも通りに会社を出たから、そろそろ帰ってくる時間だな…サプライズでドアにケーキを置いとこう…」


男は玄関前にケーキを置くとまた、アパートの前の電柱の陰に身を潜めた。


レイコが帰って来た…。

玄関前のケーキを見ると、いきなり箱の上から踏みつぶし、アパートのゴミ箱へ放り投げると、辺りを見渡した…。


電柱の男の姿を確認すると、急いで扉を開いて部屋へ入り、チェーンと鍵で二重にロックを掛けた…。


男は窓側へ移り部屋の中を覗いた。

厚くカーテンで遮られていたが、窓へ来たよの印の為、開いた手の平を何度も何度も押し付けて、手形を残してカーテンが開くのを待った…。


「もしもし…また、あのストーカーです…まだ、外にいますので早く来て下さい…」


レイコはそっとカーテンを開いて驚愕した…。


窓には無数のベタつく手形の跡が貼り付いていたから…。




パトカーのサイレンが遠くに聞こえ、段々と近いてくる…。


男は足早にその場より去った…。


男は自宅へ戻るとレイコを思う…。


「ケーキ、僕からのプレゼントって判らなかったんだな…でも、今、窓に印をつけて来たから、僕だってわかったよね?」


「レイコは僕だけ好きなんだからね」


その時、男の頭に声が響いた…。


 

何でいつも外でレイコの帰りを待っている?

 

「だって部屋に入っていいって言われてないよ」


馬鹿かお前は…レイコはお前に部屋で待っていて欲しいんだよ。


「そうなの?そうだよね!」


当たり前だろ、レイコはお前を大好きなんだから…でもな、夜の短い時間しか会えないのが判っているから、レイコはワザとお前を無視するんだよ…判れよ、お前…女心を察しろよ。


「そうだね…そうだよね?」


レイコは会社があるから夜しか会えないんだ…会社なんか辞めさせろ…。


「でもどうやって?」


判らないのか?足があるから歩いて会社に行くんだ…なら、足を切り落してやれば会社には行けないだろ?後はお前が世話してやりゃ良いんだよ!なんなら、レイコをバラバラにしてお前の部屋に連れて来い…そうしたら、何時でもお前と一緒に過ごせるぞ…。


「そっか…そうだよね?そうしたらいいね…」


男は翌日、レイコの窓ガラスを破り、部屋の中でレイコの帰りを待った…。


レイコが帰宅し、部屋の照明を灯すと、男はレイコの前に立っていた…。


レイコは驚き、悲鳴をあげる前に、男は持っていた包丁でレイコの喉を一突き刺した…。


レイコは白目に変わり、そのまま床に倒れ込む…。


「ほら…レイコ…うるさくしたらご近所迷惑だよ…さぁ、僕の家に帰ろうね…」


男は首を切り外し、両腕を肩から切り離し、両足も腿の付け根で切り落とした…。


六つに分けたレイコの身体を大きなスーツケースに重ねて入れた…。


血だらけのまま、カラカラとキャスターを転がしスーツケースを引き歩むと、警ら中の警察官に呼び止められる。


警察官の声は届かず、男は笑いながらフラフラと車道へ入る…。


目の前に迫っていた車に跳ねられ、反対車線のダンプカーに頭を潰され、脳味噌が飛び散っても、狂った男は笑っていた…。




あはは…あの女の驚いた顔…狂った男は頭を轢かれて潰れてやがんの…。


あぁ…楽しかった…。


彼女はまた、交差点の信号機の上に座った…。



 

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