「終章:君ノ孤独ヲ!!」
第31話「オンリー・ミー!!」
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ライデンとの試合が終わった俺たちが戻されたのは、突入前と変わらず、あのグラウンドだった。
つまり特製リングや観客席もそのままで、ギャラリーも当然のように残ってた。
教室の窓という窓、屋上のフェンスに至るまで、鈴なりになっていた。
歓声、口笛、足踏み。
どこから持って来たのかいつから用意していたのか、クラッカーやくす玉まで割られた。
教師連中に至るまで、みんな沸きに沸いていた。お祭り騒ぎみたいにリボンを投げ、楽器を鳴らして騒いでた。
そりゃそうだ。大自然と冬の寒さ以外には何もない東北の片隅で、常に娯楽やアクシデントに飢えてる連中にとっては格好の餌だもんな。
俺は声援に応え、拳を天に突き上げた。
「やーやーやー、戻って来ましたよー! そう! 俺です! その俺です! 『嫁Tueee.net』デビュー戦から破竹の3連勝! 脅威の新人! 待ちに待った地球のヒーロー! 新堂タスクその人です! さあさあ皆の衆! もっとだ! もっと俺を褒めろ! 褒め称えろ! 敬え、崇め奉れ! あーっはっはっは!」
全力で調子に乗る俺だが、今回ばかりはどこからもブーイングは上がらなかった。
あの口やかましい放送部の
うんうん、英雄の凱旋ってのはこうでなくちゃな。なんなら凱旋門的なものでも建てちゃうか?
そこまで大げさなものでなくても、校庭に胸像のひとつぐらいはこしらえてくれてもいいと思うんだ。
それぐらいに俺は今、凄いことをやってのけたんだから。
「な、なあ新堂……これはいったいどういうことだ?」
「なんだ? どした、御子神?」
「なぜこいつらは、私にまで声援をおくっているのだ? 私は何もしていないのに……」
歓声は俺やシロだけでなく、御子神にも向けられている。
応援幕には、俺やシロだけでなく、御子神を称えているものもあった。
「おまえ本気で言ってんの? さっきの一部始終見てた連中にはわかってるんだよ。シロの中に俺とおまえがいて、3人で多元世界の荒くれ者をノックアウトしたんだってことがさ」
「……なるほど、私と新堂と白いのがな……。そうかそうか、そんなものか……」
ふむふむと納得しかけた御子神の動きが、ぴたりと止まった。
「一部始終……と言ったか……?」
「ん? どした?」
「それって……それって……っ」
御子神は、ガシッと俺の肩を掴んだ。
顔面蒼白になっている。
「
「うん」
「私が貴様に言ったことも、したことも……全部……?」
「だから言ったじゃん。
「た……たしかにそんなやり取りをしたような……? だけどあの時は無我夢中で……。他人の目なんて気にしてる場合じゃなくて……」
戦いの最中に行われた大告白。
御子神のひたむきなまなざし。
「あの時のおまえ、強烈だったもん。まさかの全世界全チャンネルへの嫁宣言。みんなきっと、びっくりしたことだろうよ。いつもつんけんしててばかりの剣道女がさ、いきなり煮るなり焼くなり好きにしろとか、純潔を捧げるとか言い出して。『なにこの人、こんなに可愛い人なの?』って改めて気が付いたんだ。そりゃあ人気も跳ね上がろうってもんさ。よかったなあ、これで友達、出来るかもよ? ……あれ、どした? 御子神?」
「
御子神は、ぎぎいっ、と錆びついたロボットみたいな動きで周りを見た。
「うおおー! 御子神だー! こっち見たぞー!」
「よっく見るとめちゃめちゃ美人だなおい……。しかもナイスバディだし」
「もとからそうだったろうが、切れたナイフみたいだから誰も近寄らなかっただけで」
「うああー! 残念! アタックしとけばよかったー! ちくしょー、いまからじゃ間に合わねえかな!?」
「もう手遅れだっての。とっくに新堂のお手付きだよ」
男子陣が素直極まりない感想を述べ。
「蛍さん! 最っ高にキュートなプロポーズでした! わたしたち、断然あなたのファンになっちゃいましたぁ!」
「ご両人! お似合いですよー!」
「せんぱーい! コングラッチュレーショーン!」
「入籍はいつですかー!?」
「今度ゆっくり、ふたりのなれ初め聞かせてよねー!」
女子陣も陽気に浮かれ騒いでいる。
「うう……うううっ!?」
ぼふん、御子神の頭が蒸気を噴いた。
「うああ……うああああ……っ!?」
首をぶんぶん横に振りながら、一歩二歩と後ずさる。
「違う……あれは違うんだ……。け、け、決してプロポーズとかではなくて……。な、なんというか、その場の勢いもあって……。将来的にそういうこともあるかもなという仮定の話をしただけであって……。必ずしもそうなるというわけではなくて……。あくまで可能性の話であって……。な? 新堂、そうだよな? な?」
真っ赤な顔で俺に助けを求めてくるポンコツ剣士さん可愛い。
「ええーなんだよ。俺と結婚してくれないの? 御子神ぃー」
「なっ……貴様……!?」
「ちぇー、だな。俺はけっこう嬉しかったのにさ。おまえとの将来設計とかいろいろ考えて盛り上がってたのになー。なーんだー。寂しい独り相撲だったかー。こりゃ残念」
「くうううぅう……っ? 貴様……! わかってやっているな……っ!?」
目をぐるぐる回して怒る御子神。
「まあーいいさ。いずれにしろ、俺の気持ちはそうゆー感じだってこと。それこそ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。あん時も言ったけど、おまえが他のヤツを好きになったらなったで構わないからな? おまえん
「……新堂っ、……新堂っ」
御子神は押し殺した声で繰り返した。
俺の服の袖をぎゅっと掴み、頼むから黙ってくれと、何度も何度も引っ張った。
「もうやめてくれ……っ。こんなの……恥ずかしくて死んでしまう……。貴様と違って、私はこういうのに免疫がないんだ。みんなに注目されて、その……関係を冷やかされるなんて……」
「……俺とそういうふうに見られるの、嫌か?」
だったらすぐにやめるけど、というニュアンスをこめると、御子神は明らかに慌てた。
「嫌じゃないっ、全然嫌じゃないっ」
強くかぶりを振って否定した。
「ホントはすごく嬉しいんだ……っ。みんなに祝福されて……っ。母上にもきっと褒められてっ。いままでのあれやこれやが一度に払拭されたようでっ。解放されたようでっ。嬉しすぎて、誇らしすぎて……っ。さ、叫び出してしまいたいくらいだ……っ。でもあまりに急すぎて……心構えがまるで出来てなくて……。心臓が壊れてしまいそうで……なあ、なあ……わかるだろ?」
もじもじと、甘えるような上目遣いで俺を見た。
「お願いだから……意地悪しないでくれ……っ」
潤んだ瞳で、切羽詰まったように懇願してきた。
意地悪しないでくれ……っ。
意地悪しないでくれ……っ。
意地悪しないでくれ……っ。
その言葉はエコーがかかったように、何度も耳の中でこだました。
「い……いーいパンチ持ってるじゃねえか御子神……。末恐ろしい奴だぜ……」
「……新堂?」
心臓を抑えよろめいた俺を、御子神はキョトンとした顔で眺めた。
自分という素材を、その一挙手一投足が他人に何をもたらすかを、こいつはまるでわかっていない。
「……ごふうっ」
男子陣の何人かが、流れ弾をくらって血を吐いた。
「ダメだ……、血が止まらん……っ。衛生兵、衛生兵ーっ」
さらに何人かは鼻血を流してうずくまった。
「壁だー! 壁をどんどん持って来ーい!」
憤りをぶつけるための壁を求めて叫ぶ奴もいた。
「……はうっ」
「蛍さん可愛すぎる……ふうっ……」
何人かの女子が失神して倒れた。
「ダメよ! これからがいいとこなんだから! 目を開けて起きてなきゃ!」
「そうよそうよ! これから新堂先輩が返事を返すんだから!」
「そうそう! そしてふたりは、幸せいっぱいのバラ色の未来へ旅立つのよ!」
きゃーきゃー騒ぐ女子陣。
「これからがいいとこなんだから……か」
俺は思わずひとりごちた。
初々しいカップルである俺たちに対して、好奇と期待の視線が集まってる。
とくに俺に集中してる。
さあ言えと。愛の言葉を叫ぶんだと。
無言のプレッシャーが、四方八方から押し寄せる。
「ほうほうなるほどなるほど、そうくるかね皆の衆……」
並の男なら怖気づくところかもしれないが、どっこい俺は微動だにしなかった。
もともと多元世界を股にかける冒険者を夢見てたんだ。この程度でビビってられるかよ。
好きな女の子のことを好きって言う。ただそれだけのことじゃないか。
俺は躊躇せず、御子神の腰に腕を回した。
「し……新堂!? 何をする気だ!?」
あわあわと狼狽する御子神を、ぐいと近くに引き寄せた。
「な……ば、バカっ!?」
桜色の可愛い唇を、自分のそれで塞いで黙らせる。
ふたりは幸せなキスをして終了。
となれば、カッコよかったんだがな……。
「……ちょーっと待ったあー」
電動ガンの銃口が、俺の頬をぐりっと
俺の唇と御子神の唇は至近距離のまま、衝突は未然に防がれた。
肩をイカらせこめかみをぴくぴく震わせた妙子が、サバゲ部員の電動ガンを奪って乱入して来たのだ。
「……た、たふぇ子っ?」
そうだ、こいつもギャラリーの中にいたんだった。
さっきの試合を観て、今までの一部始終ももちろん見ていて……つまりはかなり、怒ってらっしゃる。
「おうタスク。たいしたもんだなあてめえは。昨夜あたしに
殺意のこもった半眼で俺をにらんだ。
「しかも婚約? 嫁宣言? それであたしが泣き寝入りするとでも思ったか? ハンカチを噛んで『きい悔しい!』で済ますと思ったか? お生憎様、この妙子様を舐めてもらっちゃあ困るんだよなあー」
「え、え、どゆこと?」
「まさかの浮気発覚?」
「ここまで盛り上げておいてマジかよ!?」
周りの生徒たちが、突然の展開にざわめき出す。
「新堂……? これは……?」
御子神が、戸惑ったように俺から身を離した。
剣道着の胸元をかき合わせ、妙子と俺を交互に見つめた。
訪れる静寂。
風の吹き抜ける音だけがグラウンドに響き渡る。
御子神の好きと妙子の好きが、公衆の面前でぶつかった。
いわゆるひとつの、修羅場ってやつだ。
「あれ……?」
誰かが不思議そうな声を漏らした。
「そういやあのコ、どこ行った?」
誰かが首を巡らした。
「そういえば……新堂の近くにいたはずなのに……」
たしかに変だ。
こういう状況で一番騒ぎそうなやつが、妙に静かだ。
「シロ……?」
俺は言葉を失った。
俺からすこし離れたところ、グラウンドの真ん中に。
シロは力なく、長いまつ毛を伏せて苦しげに、ひとりひっそりと倒れ伏していたんだ──
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