第32話「ハリョの病!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




 突如、高熱を発して倒れたシロ。


 119番だ救急車だと大騒ぎになった。

 だけど、見た目は地球人でも中身はしっかり多元世界人のシロだ。

 けっきょく人間の医者ではどうしようもなくて、カヤさんにお願いすることとなった。


 救急車で帰宅すると、カヤさんが出迎えた。

 シロの容態を告げると微かに顔をしかめ、しかし慌てず騒がず、まるであらかじめこのことあると予期していたかのように、迅速に行動を開始した。


 シロを寝床に寝かせ、青緑色の薬液を腕に注射した。

 胸元をはだけると、朱色の塗料で複雑な幾何学模様を描いた。

 二言三言ふたことみことまじないの言葉をつぶやくと、シロの呼吸がすうっと楽になった。

 


 救急隊員が去り、入れ替わるようにマスコミ連中が押し寄せた。

 妙子と御子神が対応してくれている中、俺はカヤさんと共に病床のシロを見守っていた。

 

「……精神……障害?」


 まったく予想していなかった単語に、俺は一瞬言葉を失った。


「連戦の疲れとか、試合中に負ったダメージのせいじゃなく?」


 カヤさんは首を横に振った。


「純粋に心因性のものです。クロスアリアではハリョと呼びます。姫巫女特有の病。症状はご覧のとおり。高熱を発し苦しみます」


 精神障害。

 心因性。

 特有の病。

 並べ立てられる無機質な字面に、俺はひたすら違和感を覚え続ける。


 シロの額の濡れタオルを取り換えてやりながら、当然でしょうって顔で、カヤさんは説明を続けた。


「自分の体に自分以外の人格が宿るんです。自分の思惑とは別に、好き勝手に体を動かされるんです。爪先から頭のてっぺんまで乗っ取られるんです。普通の人間ならまともでいられるわけがない。そのための・ ・ ・ ・ ・修行を積んだ姫巫女とはいえ、駄犬は未だ未熟。それに、今回も前回も、あなたはひとりではなかった──」


 メリーさんと戦った時は妙子を。

 ライデンと戦った時は御子神を。

 

「他の女性を受け入れた。一緒になって暴れ騒いだ。そのぶんのしわ寄せがきた。そういうことです」


「ふたりもいたから難しかったってことですか? でも、シロはそんなこと一言も……いや──」


 俺は気が付いた。

 言わなかったのではない。言えなかったのだ。


 あのまま放っておけば妙子は死んでいたし。

 あのままいけば、俺はライデンに負けていた。 


 とにかく切迫していて、否やを言える状況じゃなかった。

 隷従契約が必要な状況だった。

 だからシロは承諾したのだ──無茶を承知で。恐怖を呑みこんで。


「……あなたをパートナーに選んだのはですね。内包した潜在能力の大きさというのもありますが、一番は相性だったんです。星読みと神凪かむなぎが導き出したいくつかの答えのうちのひとり。駄犬が心安らかに組めるだろう相手。信頼を置くに値するだろう相手。それがタスクさん、あなただった。あなたとなら、苦しむことなく戦えると思った。戦いを重ねるうち、さらに自然と、打ち解けていくと思った……」


 カヤさんは小さくため息をついた。


「だけどそう簡単にはいかなかった。あなたは年齢のわりに女性との関わりが深すぎた。結果、あまりにも早期に三者合一することになり、強いふたつの感情が、未熟な身体のうちで焦げて弾けて……それが駄犬を混乱させた」


「混乱……」


「味覚についての説明、ありませんでした?」


「ああ、ベロメーターの」


 合一化中、シロの感情変化は味覚で表される。

 好きなら甘く、嫌いなら辛く。辛さ悲しさは酸味苦味に、気分の浮き沈みは熱さ冷たさに変換される。


「おふたかたと交わって、変化が生じたでしょう?」


「あぁ……そういえば」


 妙子の時は熱く甘く、御子神の時は冷たく甘く感じた。

 隷従契約を交わした瞬間に、彼女らの味に変化した。


「機嫌のいい人と話していて、自分も機嫌が良くなったっていう経験、ありません?」


「ありますけど……」


 何が言いたいのかわからない。


「でも、こっちがすこぶる機嫌悪い時は、薄まりこそすれ、いきなり機嫌良くはなりませんよね? 機械のスイッチを切り替えるみたいに、突然は切り替わりませんよね?」


「そりゃあまあ……人間ですから」


 カヤさんは皮肉げに唇を歪めた。

 病んだような目で俺を見た。


 そして、決定的な一言を吐き出した──


「……でも、切り替わってしまうんです。辛いものを味わっているところへ無理やり砂糖の塊を詰めこまれるように。冷たく涼んでいるところへ熱した石炭を押し当てられるように。姫巫女の味覚は……感情は捻じ曲げられる。本人の都合はどうあれ、合一化した人の意に添うように矯正される」


 ──意に添うように。

 ──矯正される。


 その言葉の意味を理解した瞬間、戦慄が走った。


「ちょっと……? それって……っ」


 立ち上がった俺に構わず、カヤさんは続けた。

 意識して抑え込んだような、平坦な声でつぶやいた。


「感情の制御、心の合一。それが合一化の術の根本です。普段から被術者と接し、互いをわかり合っておくことが、術者には求められます。出来るだけ感情の波を平らにするように。高波を立てるにしても、同じ方向に立てるようにするために」


 つまりはこういうことだ。

 俺たち3人の気持ちに、シロは翻弄された。

 制御出来ず荒波に揉まれ、溺れた。

 それがハリョの正体。

 自分の意をねじ曲げられることによって生じる、自我の危機。


 そういうことなんだけど、でもそれだけじゃない。

 もっと深く重要な問題が、根底に根差している。


「それってまさか……本気で言ってんのかよ、カヤさん……」


「……なんでしょう」 


「なんでしょうじゃねえよ。わかってんだろ? あんたが言ってるのは……シロの今現在の感情が、自分自身の気持ちだと思っていることが……」


 他人のモノなのかもしれないって、ことなんだぞ──。

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