第10話 不穏な動き

「これはどういうことだ!」


 拳を机に振り下ろして声を荒げるのは、エリナに婚約破棄を言い渡した王子ローベルだった。


 場の雰囲気も悪くなり、大量の書類に追われる方々も居心地悪そうにしていた。


 何より、新たな報告書を持ってきた男性が一番気の毒で身体をびくっと震わせ、矛先がこちらに向かないよう目を瞑っている。


「なぜだ……なぜなんだ!」


 彼がなぜ怒っているかは机に置かれた数々の出国申請書が原因だった。


 エリナが国を追い出された後、騎士団からも有名な魔法薬店が出国するどころか、貴族御用達のディーバすら同じように申請書を提出が数多に続く。


 ローベルにとっては計算外にもほどがあった。


 エリナから役職を奪えば、その恩恵を丸々手中に収められると浅はかな考えでいたが現実は違う。


 自分に従うどころか、国での商売を辞めると言うなどの事態に陥り各貴族からも苦情が殺到するなど対応に追われる毎日だ。


「今度は、あのハイエルフですらも取引を辞めたいだと! ふざけるのもいい加減にしろ!」


 事後処理は火の車というにも関わらず、新たに投下されたのがハイエルフからの取引中止の言い渡しである。


 これにはローベルも内心の憤りがたちまち唇を押し開け笛のような息と共に外に溢れ出した。


(なぜだ? あの女を追放すれば全てが上手くいくと思ったのに!)


 ローベルにとってエリナは邪魔でしかなかった。


 歴史上初の亜人族交流と魔族との和平を結んだ功績を収めた彼女は目障りにほかない。


 周りの人間も自分ではなく、彼女が王になれば良いという意見を耳にしてしまったのが逆に彼を追い詰めてしまったのだ。


 自分は王族で『勇者』の加護を持つ者でありながらも、外れ加護を持つ少女が自分以上に評価されるのが気にくわなかった。


 激しい嫉妬心を分かってくれたのが、他でもなく同じように義姉を憎んでいたミレーヌであり、二人は同じ思いが関係を加速させる。


 天はローベルに味方したのか、彼女が『聖女』を授かったことにより、憎きエリナを追放させる計画を始動できたというわけだ。


 しかし、婚約破棄や追放まで自身の描いた脚本通りにことが進み、このまま彼女の功績を全て手中に収めて真の王になり得るかと思いきやこの始末。


 左翼側からしてみれば、エリナやアベルが国を去るのは望んではいたものの、ディーバや亜人族の商品や技術までは手放すつもりはなかったのだ。


(どうすれば良い……ミレーヌも他の貴族と茶会しかしていない……)


 分担するかと思いきやミレーヌはそれを放棄。外交官をやるはめになったローベルは、自分の配下に事務処理を丸投げするも、既に手に負える状態ではなくなっていた。


 『聖女』であると自慢するためだけに茶会を開くミレーヌは頼れるわけもなく、同様に部下達も疲弊しきっていて、自分は左翼側の貴族から嫌みや苦情を言われる日々ばかり。


「俺の計画が! 忌々しい亜人族共め!」


 悪いのは全て亜人族とそしてエリナであると決めつける。


 彼自身は王に立つ存在であるが故、このような仕事をする意味が分かっていないのだ。


 ましてや、亜人族と交易しないで済むならそれでも構わないと思いつつも、人間が便利さに気づいてしまったら中々抜け出せないのを彼は知りもしない。


 自分の指示で国が動いて世界も回っていると信じて疑わないからこそ、好き勝手に申請書を出す下々や口だけの貴族共に噛みついてやりたいほど胸が煮えくりかえっていたのだった。


「おい、お前! 騎士団にエリナを捜索しろと指示を出せ!」


「え? エリナ様をお捜しになられるのですか?」


「そうだ! あの女を探し出して連れてこい。あいつに外交官を再度任命してやるとな」


 これには、報告書を持ってきた部下も驚きである。


 自分たちの手で国外へ追放したにもかかわらず、国を守護する騎士団にて捜索させるのはおかしな話だ。


 しかし、そう進言したいが彼の方が立場は遙かに上なので口が裂けても言えるわけがない。


 ましてや下手なことをいえば、自分の首が飛ぶかもしれないと想像した男性は一礼してからそそくさと執務室を後にする。


(次期王の戯れを鵜呑みにしやがって……全くエリナには困ったものだ)


 己の無知や行いから目を背け、あの騒動を一時の遊びだと思い込むだけでは飽き足らず、それに馬鹿真面目に応じたエリナが情けないと上から目線でものを言うのだった。

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