第4話 新たな動き


「失礼いたします。代表」


 エリナが旅立った後、執務室にて何やら書類にサインをしているオリバーの元へ、透き通るように淡い水色の癖っ毛の女性が訪れた。


「マナメルか。お前が来たということは申請は通ったのか?」


 彼女は『ディーバ』にてオリバーの秘書官を務めている。求婚を申しつけられるくらい綺麗な方であるが、本人は結婚する気はなくオリバーと共に仕事をしているのが楽しいと言って断っていた。


「流石に申請は却下されました。この国も我が『ディーバ』を手放すのはまずいと思っているのでしょう」


「やっぱりそう簡単にはいかねぇか。まあ、予想はしていたからな。マナメル、一番、二番のカードを切れ」


「そう言われると思っていましたので、すでに準備は整っております」


「お前は優秀な人間だな」


 組んだ手をデスクに置いたオリバーは首をすくめてくっすと笑う。


「身に余る光栄です。それよりもエリナ様を追放するとは馬鹿なんですか?」


 王城でのやり取りに不満があったのか突然毒を吐いた。


「お前のその遠慮ない発言は変わらねぇな」


「だれがどう見ても事実ではありませんか? エリナ様が亜人族や魔族と交易をしているお陰で、この国は随分豊かになったのですよ?」


「だから、ミレスばあさんも撤退を決めたんだろうが。殿下もミレーヌも頼りないのはだれがどう見ても明らかだろ。本当に馬鹿しかいねぇぜ貴族連中はよ」


 薬師ミレスはエリナが追放されると聞いて、いち早く行動に移し、どこから仕入れたのか不明だが一足先に帝国へ向かっていた。


 彼女が王国から撤退を決めた理由の全ては、貴重なハイエルフの薬草や果実等を提供してくれたエリナがいなくなったからだ。


 通常ポーションの高能は材料の品質で効果に高低差が生まれ、良い品質を作り出すには膨大な材料と費用がかかる。


 初級、中級程度はそこまででも上級、最上級はAランク冒険者くらいの稼ぎがなければ買えないくらい高い。


 しかし、エリナが卸してくれた材料はそれ等の汁一滴と他の材料は品質を問わなくても、上級クラスを作り出すことができたからこそ、お手頃な価格で販売ができていた。


「エリナは薬草等や鉱石の価値を知っているからな。どの人間が扱えば最大限価値を引き出せるかを把握しているから無駄がねぇんだ。そんなところは母親そっくりだ」


「随分お綺麗になられていましたね。そんなに亡くなれたリノ様にそっくりなのですか?」


「まあな。髪の長さはリノのほうが短かったけどよ」


 小魚の群れが銀色にぎらっと光るような髪。男の腕に抱きしめられたら折れてしまいそうな華奢な体つきは親友と結ばれたリノにそっくりだった。彼女は知識欲がすさまじく、興味を持てばとことん突き詰める向上心を塊にしたような人物。


「そんな方を追放とは……死ねば良いんですよ」


「お前、本当に遠慮がなくなったな」


「私はまだ可愛いものですよ。一番の問題は、亜人族や魔族の方々が知ったらどう思うかです」


 マナメルの言いたいことを悟ったのか、オリバーは顔をひきつらせる。


 現状、国は人外差別主義の左翼側が実権を握ったのは確定。


 だけれど、国は亜人族の交易品や技術はほしいと思っているので関係は維持しようとするが無茶な要求をするのは明白だった。


「頭が痛くなってきたぞ。マナメル、三番のカードも切っておけ」


 間違いなく反発は起きるし、信頼していた彼女を追放した国と取引するとは思えない。ましてや、亜人族や魔族が黙っているはずもないのだ。


 エリナ自身は殿下とミレーヌが上手く説明すると期待しているが、まずそこ自体が間違いであり、彼らが友好的に接してくれたのは本人の人柄と力がある故。


 彼女と同じように真似をしても通じる訳もなく、元々人間をよく思っていないので余計にやっかいだった。


「あいつ、殿下もミレーヌも同じように接しられると思い込んでいやがるからな」


「はぁ、私はまだ死にたくないので早急に取りかかりますね」


「お、おう。それとアベルからは連絡は来たか?」


「はい。離縁が済み次第帝国へ向かうそうですよ。あちらとの交渉もお済みのようで、公爵の地位と外交担当の任を頂けるそうです」


 父親のアベルも出国に向けて色々と動いていた。


 右翼側の代表者が地位返上と国から出るとなれば左翼側からしてみれば両手を万歳だ。それが、王国滅亡と気づいた者は、こうやって各自行動を移して出国に取りかかっている。


「しかし、これだけの出国者が出るのに何も疑問に思わないのでしょうか?」


「左翼側からしてみれば、右翼側の関係者が全員出ちまえば理想郷の完成と思い込んでいるだろ」


「なるほど……一理ありますね」


 左翼にとっては今が膿を出す絶好の機会と勘違いしているが、実際は国の滅亡を早めているだけに過ぎず、これに気づかないのはそれだけ矜持ばかりに囚われているからだ。


「とにかく、早急に撤退をするぞ。他の奴らにも出れるように準備を進めろと言っておけ」


「わかりました。気になっていましたが、肩の痛みはどうですか?」


「おう、肩は治ったぞ? エリナの加護でな」


「どんな医師も神官や“クソ聖女”ですら治せないと言われたはずでは?」


「ははっ! 言っただろ? あいつの加護は規格外なんだよ」


 実はオリバーの肩は、王国の医師や高名な神官ですら匙を投げ、聖女のミレーヌも治せない謎の病であった。


 このまま病が進行すれば肩は上がらなくなるどころか、腕が使えなくなると宣告されていたのだが、エリナの『調律』にて治してしまったのだ。


 この場にいるのがマナメルしかいないことが幸いで、匙を投げた両名や聖女のミレーヌが聞いたら憤慨待ったなしだった。


「本当にエリナ様は何者ですか……とりあえず、行きたくありませんが王城へ向かいます。あのクソ聖女を心の中で笑っていてあげますよ」


「たく、これが終わり次第、酒でもおごってやるよ」


「言いましたね! 言質とりましたよ!」


 マナメルは「ひゃっほー」と言って執務室から出て行った。


 彼女が喜ぶ理由は、好意を寄せているオリバーにお酒を飲もうと誘われたからだ。


 それを知っている本人も、小さなため息を吐きつつもどこかうれしそうな表情をしていたのだった。

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