第5話 帝国
「わぁ! ここが帝国!」
流石先進国とよばれるだけはあります。
王国以上の広大な地域を領有するこの国は、多くの人が共存しており平穏に生活していました。魔道具とよばれるものが普及されていて、生活の水準も王国の数倍以上発展しています。
何より街並みも綺麗で王国のような古めかしいイメージが一切ありません。
「この魔道具……ドワーフの技術によるものかな?」
城へ向かう前にこれから住む国を知りたく、私は市場を見て回っていました。
帝国文字は知識として有しているので言語等も問題なく通じました。
お父様から頂いたお小遣いで露店のご飯を買い食いしつつ、ふと目にとまった魔道具専門店のガラス越しから、展示されている商品を見て気がついた。
「嬢ちゃん、それが気になるのか?」
怪しい人物と思われたのか、店主さんがお店から出てきて声をかけてきました。
「い、いえ、これってドワーフさんの技術かなってと思いまして」
魔道具の作りがドワーフと呼ばれる種族が作るものにそっくりで、見た目もそうですが性能も一目見ただけで高いのがよく分かります。
私のつぶやきが聞こえたのか、店主さんは目を見開いて驚いていました。
「嬢ちゃん……こいつがドワーフ製だって分かるのかい!?」
「え? 普通に分かりませんか? ドワーフさんの製品は独特でこの道具に掘られた魔文字とサイズからしてまだ見習いさんが作られたのでは?」
私が指さしたのは大きな球体に無数の文字が刻まれた魔道具。
大きさからして両手サイズですし、魔文字の掘りも甘いので見習いさんの作品だと分かる。
これでも魔道具としては問題ないけれど、私が知っているドワーフさんの作品はもっとコンパクトで魔文字も無駄がなく綺麗なのだ。
「あんた、本当に何者なんだい?」
「えっと……私は――」
「ここにおられましか。エリナ・ノワード様」
名前を名乗ろうとしたら間に割って入ってきた男性執事の方に呼ばれた。店主さんの顔が化石したごとく蒼く硬ばる。
「どちら様でしょうか?」
私は首をかしげながら男性執事様にお伺いした。
身なりからして高貴なお方にお仕えしている感じがしているけれど、燕尾服の胸元にある紋章に見覚えがあった。
「もしかして、王家の方ですか?」
「そうですとも。お初にお目にかかりますエリナ様。私の名前はアルバスと申しまして、王妃アイラ様の専属執事でございます。以後お見知りおきを」
優雅に一礼されましたけど、街行く人たちが立ち止まって私たちのやり取りを見ています。
事情を知らないものからしてみたら、王家直属の執事様が見ず知らずの少女に頭を下げる光景は異様でしょう。
大変申し訳ありません……。
私は貴族の地位を奪われた平民なんです。だから、どうかそんな目で見ないでください。
「あ、いえ、私はその……もう貴族ではなくてこの帝国に平民としてきたのですが」
この国の『勇者』様と婚約をお約束している話は伏せておきましょう。
下手に口走ると混乱を招くどころか石を投げられる恐れだってあります。
『勇者』とは王国でもそうですが、その国を代表する存在で、多くの方々が信仰し崇められているんです。
そんなお方と王国から来て、ましてや貴族ではなく平民が婚約すると知ったら暴動は避けられません。
まだ、死にたくありません……。
「貴族ではない? おかしいですね。貴女様はこちらで公爵になられると聞いておりますが?」
「え?」
私は言葉を失いました。
ええ、殿下に婚約破棄を言い渡された時のような衝撃を受け、思わず助けを求めようと虫を追うかのように左見右見する。
途中でアルバス様と目が合い、細面の眉尻と唇の端とを少しつりあげ猛々しい鳥のように微笑まれました。
「えええぇぇ!?」
はしたない声を上げるのは淑女として失格ですが、平民として帝国に来てみれば、五爵第一位に相当するものだと思うんですけど。
元公爵令嬢とはいえども、そんな位を授かるような資質や功績を持ち合わせておりません。
「おや、アベル様からお聞きになられていませんか?」
「ええっと、お父様からそんな話を聞いておりませんが……。そもそも私は帝国の新しい区画を担当すると仰せつかっておりますが?」
これに関してはお父様から話は聞いている。
帝国は広大な領地を有しており、新たに三区画増築されたそうで、現在は六角形になっているそう。
王家が住む王城を中心として、周囲に市民が暮らす区画や露店や商店等が立ち並ぶ市場と呼ばれる区画が存在しているみたいです。
今回、私がお話をお受けしたのは新区画の運営で、詳細は王女アイラ様から聞くようにと聞いてはいますがそもそも新しい地区とはと疑問に思っています。
帝国事情は大方把握はしておりますが、王国の人と比べるのが申し訳ないのですけど、優秀な人材が豊富にいるはずですが……。
新しい区画は、どちらかと言えば帝国内の方でやるべき行いであり、王国から追放された私を起用するのは反発を買いかねません。
王女様の思惑は……それよりも公爵の地位を授かる方が問題ですよ。
新天地で療養を目的とした帝国での平民生活が水の泡と化しました。
貴族なら両手を広げて喜ぶお話ですが、私は殿下に婚約破棄やありもしない罪で国外追放された身です。
そんな国を脅かす恐れのある人物を五爵上位を授けるのは……考えることに疲れました。
「エリナ様? 大丈夫でございますか?」
「あ、はい。大丈夫ですけど……話のスケールが大きすぎて」
照れたようなうら哀しいような苦笑いしか洩れません。
この場にお父様がいたら剣先を首元に突きつけてあげたいくらい私は怒っています。
「そうでしょうとも。王女様も同じようなことを言われていました。詳しい話はアイラ王女様からお聞きください。馬車をご用意しておりますので」
「謁見ですか? その身なりが……」
「大丈夫ですとも。そちらの方も全て手配が済んでおりますので」
あ、逃げ場はないと見ていいですね。
アルバス様は十年来の友達にしか見せないような屈託のない笑顔をされていますが、私からしてみれば“行方不明のお祖父様にそっくり”で逃げ出したい。
私の人生は波瀾万丈なのか断ることなどできるわけもなく、店主さんに哀れみの目を向けられた中で紋付きの馬車に乗り込み、アイラ王女様が待つ城へと向かうのでした。
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