第3話 ディーバ商会


「お前はどうして何にも反論しなかったんだぁ!」


「ひぃ……ッ!」


「つか、あの小娘にクソガキが調子を乗りやがって! お前ならひねり潰せるだろ!」


 ええっと、私は現在説教を受けています。


 本当なら顔を見せるだけでしたが、オリバーさんに首根っこを掴まれ、有無も言わず商談室に連れ去られてこうして怒られているんです。


「その……説明をいたしましたよね?」


「説明だ? あんなもの説明する以前にだれもあやしまねぇのがおかしいだろ!」


 「はい! ごもっともです!」


 このお説教……いつまで続くんでしょうか?


「とりあえず、死刑とかにならなくて良かったぞ」


 オリバーさんはにこやかに笑いながら、私の頭をなでてくれた。この人は仕事や怒らせるとすごく怖いけれど、芯はしっかりしている人で良きお手本でもある人です。

 

「それでこれからどうするんだ」


 お説教から解放され、私はオリバーさんが用意してくれたお菓子をつまみつつ、高級茶葉を使用した紅茶を飲みながら今後について話をしていた。


「そうですね。まずは帝国に向かう必要があります。本当は辺境な地へ向かう予定でしたが、お父様が機転を利かせてくださったので」


 それにしてもこのお菓子……すごく美味しい。


 来賓用として用意されたとはいえ絶品で、今まで食べてきたものを遙かに凌ぐくらい見た目も綺麗で味も良い。


 このほろ苦さが砂糖の入れた紅茶との相性が絶妙過ぎます。


 流石、王国の貿易を全て担う大商会であるが故にまだ見ぬ高級品を仕入れる手腕は惚れ惚れします。


「ほう、帝国か。なるほどなこちらとしてもありがたい」


「え? 何かあるんですか?」


「いいや、こっちの話だ。気にするな。それにしても、あの馬鹿がクソ女を選ぶとは呆れてものがいえねぇぜ。どちらかといえばお似合いか! あはははっ!」


 何を言いかけたかは気になりますが、無理に追求すれば再び怒れそうですし、相手に不快感を与えてしまうのはよろしくないので触れないのが賢明。


 それよりも、オリバーさんの言うとおりで、私も殿下がミレーヌを選ぶとは想像もしていませんでした。


 目の前で二人が乳繰り合うっているのを見せつけられたはずですが、怒りを通り越して言葉が出てこないくらい非現実的な光景でしたね。


「客の話によれば、この国はおしまいだと言って隣国へ引っ越す輩も多いそうだぜ」


「それは穏やかではありませんね。国は黙っていないでしょう。人が減れば徴収できる税も少なくなるわけですし、国としても優秀な人材は繋ぎ止めておきたいはずでは?」


 人口が減れば当然税金だって少なくなる。


 ましてや、他国に優秀な人材や働き手がいなくなるのは本望でないため、遅かれ早かれ出国制限を発令されるでしょう。


 そうなれば余程のコネや理由がない限り出国できないほか、帰国するまでの期限を設けられる可能性もある。


「相変わらずだなお前は。この国の宰相より宰相らしいことをしているぞ」


「冗談がお上手ですね! 私のような罪人が宰相になったら滅んでしまいますし、こんな私でも分かることを殿下やミレーヌが気づかないはずもありませんよ」


 私でも思いつくようなことをあの二人が気づかない訳がなく、宰相様も何年もお勤めになられたお方だから早急に事態の収拾に取りかかるはずでしょう。


 大丈夫……ん? 大丈夫ですよね?


 オリバーさんに言われて、なんだか嫌な予感がしますけど、もう私はここで暮らすことができないので考える必要もないという結論に至り紅茶を啜る。


「いや、お前のスペックが普通に……イッ……」


 急に顔をしかめ肩を押さえられる。耐えられない痛みなのか歯を食いしばっていた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「いや、最近肩の痛みが酷くてな……年の影響もあるんだろうけどよ」


「なるほど……」


 オリバーさんの右肩に魔力が滞っていた。


 私はそこに指さし、『調律』と呟くとオリバーさんの表情が和らいだ。


 痛みがあった肩をクランクを回すかのように回転させて、口をぽかんと開けたままこちらを見た。


「相変わらずお前のスキルは“規格外”だな」


「いえいえ、こんなの規格外でも何でもありませんよ。ミレーヌの聖女に比べれば天と地の差がありますよ」


 授かった力は『調律』と呼ばれるもの。国の加護保管書にすら記録されていない未確認の加護で、貴族からしてみれば慣れ親しんだものでないため外れらしい。


 効果は対象を最適な状態にするだけ。使い方はこれだけで、私からしてみれば道具箱を持ち歩いているような感覚です。


 これも婚約破棄の材料に使われた要因でもある。


 殿下からしてみれば、未来の妻が外れ加護を持つ者だと恥ずかしくて表も歩けないくらいでしょう。


 それなら、自身の加護に見合う『聖女』を授かった妹を婚約者として選べば、他貴族や他国にも示しがつく。


 しかし、加護がどれだけ優れていようと最後は使い手の心で決まる。


 私はこの教えを信条としており、自分の『調律』に見合う知識や技術をがむしゃらに学んで来ました。


「『勇者』ね。リーンベルト帝国の勇者は優秀だと聞くし、王妃の聖女は見事な手腕を持つ策士と言われているからな」


「まあ、帝国は加護ではなく人柄を重視していますし、勇者様も努力を惜しまない方と耳にしましたが……それでも勇者や聖女の力は名前だけでも抑止力になりますからね」

 今は大規模な戦争もないので、勇者と聖女の力は本領発揮する場面も少ないですが、加護の力自体が強力なので下手に鍛えなくても一応形になる。


 だらかといって、加護の力を全て引き出せるかは本人次第に左右されるが言わぬが花ですね。


「だが、いくら名前が抑止力になっても実際の戦闘になれば役に立つか分からないぞ」


「帝国は常にそれを想定して鍛えているそうですからね。王国の軍もそれなりですが、帝国はさらに上回りますし、“お姉様”も強いと褒めていましたから」


「相変わらずお前の人脈は頭が痛くなるほどすげえよな」


「そうですか? 皆さんとてもいい人ですよ?」


 お姉様は聡明な方で、こちらの意図を簡単にくみ取ってくれるので話はいつもスムーズに終わるから、残りの時間はお茶を嗜みながら世間話をするくらい。


 亜人族や魔族の技術は、王国にも多大な利益を生み出すものばかりで、外の世界は私たちの遙か先に進歩しています。


「そう思うのは、お前と俺とアベルくらいか? いや、ミレスばあさんも含まれるか」


「まあ、今の王国は左翼側となったのでもっと少なくなりますよ。お父様自体は元々ハイエルフとは交流をお持ちになっていましたし」


 亜人族と交流を持つようになったきっかけは、アベル・ノワード――お父様がハイエルフの族長に私を紹介してくださったからだ。


 彼らは人間によって虐げられてきた過去があり、外界と接触をしないどころか敵意があると習っていました。


 しかし、お話してみれば豊富な知恵や技術が魅力的で、私はお父様のお力を借りずにハイエルフの族長様に口利きしてもらい、他の種族とも交流関係を築きました。


 過去のことを簡単に流せるわけではありませんが、彼らも少しずつ心を開いてくれて、直接交渉をする際は王国に来てくれるところまで信頼関係を築けた。


 宰相は私とお父様が商談しろと丸投げしてきましたが、私たちにとっては家族の訪問のような感覚だから苦とは思わず、寧ろ進んで役目を担うくらい楽しかったです。


「しかし、こんな話を聞いているとますますリノにそっくりになってきたな」


「そんなにお母様に似ているんですか?」


「ああ、貴族でありながら、S級冒険者まで上り詰めた奴だからな。アベルと俺とリノは学院時代からの級友だからよ。あいつのお転婆にアベルがいつも振り回されていたのは笑ったぜ」


 リノお母様とお父様とオリバーさんは、王国の学院時代から共に過ごした仲です。

 

 騎士志望から冒険者になったお母様。政治の道を歩んだお父様。商人になりたいと願ったオリバーさん。


 三人の過去はよく聞かされていた。男勝りで大人の騎士に勝ってしまうお母様に恋をしたお父様は、必死にアタックしていたけれど、いつも振り回されていたらしくそんなお父様も見かねたオリバーさんが仲を取り持ったそう。


「全く母親の冒険心に父親のような頭脳に、俺を凌ぐ交渉力を持ち合わせた奴が、国から追放されるとかこの国は滅んだも同然だな」


「そうはなりませんよ。何度か滅びかけたことはありましたが、その都度乗り越えてきた歴史がありますし、個人では国を運用するのは不可能です。国は市民や商人達がいるからこそ成り立つもので、ただ闇雲に税金を上げたり、無策は混乱を招くだけですから。だから、大勢の人が支え合っていなければ国とは呼べないものですよ」


「本当に前が十五歳か怪しくなってきたぞ」


 あれ? 私ってそんなに年相応ではないですか? 


 そこまでため息を吐かれると余計に心配になってきます。


 そういえば、お姉様にも同じようなことを言われたような気がしますが……私はこれ以上深く考えることを止めました。


「お前の異常さは今更じゃねぇから良いけどよ。んで、お前の役目はだれが引き継いだんだ?」


「え? 私の後釜は殿下とミレーヌですけど……オリバーさん、顎はずれますよ」


 父上も同じような顔をしたけれど、特段驚くことでもない気がします。


 妹からしてみれば私の築いてきたものを根こそぎ奪えたわけですし、殿下や国からしてみても得られる利益を考えれば得でしかありません。


「はぁ、こりゃあ本格的にやべぇな。ミレスばあさんを知っているだろ?」


「はい。回復ポーションとかを専門にしているすごい方ですよね」


「あのばあさんだが、この国から撤退すると申請書を提出したそうだぞ」


「え!?」


 ミレスさんはポーションを専門とするお店を経営しています。


 安価で高能なポーションは騎士団や冒険者にとっては必需品となるくらい人気。彼女自身のスキルは『薬師』で、そのおかげもあるせいか評判を聞きつけて帝国から買い付けに来る人もいるくらい。


 国の名物ともいえるお店が撤退するとなるとただ事ではないし、冒険者ギルドや騎士団にも多大な影響を受けるのが明白です。


「それはまずいで済みませんよ……? 国が手放すはずがないじゃないですか!」


「あのばあさんはやり手だからな。国の裏事情にも詳しいから申請は通ったみたいだ!」


「胃が痛くなりますわ……」


 これがコネの使い方です。騎士団や冒険者ギルドのお抱えだった故、あらゆる情報にも精通しているなら、無茶な要求を言われても通すしかないのです。


 ここまで来ると今後の騎士団や冒険者達の活動に支障はでますし、考えるだけで哀れというか可哀想に思えてきます。


 ミレスおばあさん……恐ろし過ぎますよ。


「笑い事じゃないですよ……帝国もここに買いに来るんですからどうする気なんです?」


「そこは殿下がなんとかするだろうよ。それよりも、お前は帝国でどう過ごすんだ?」


「そうですね……。とりあえずは、帝国の市民として暮らそうと思いますよ。一応、あちらの勇者様と婚約を約束していますが、あんなことがありましたからしばらくはのんびり過ごしたいかなと」


「なるほどな。そういうことなら良いんじゃねぇか?」


 そういえばミレスさんはどこに店を構えるんだろう?


 あんな優秀な人なら、どの国でも引く手数多に違いないです。気まぐれな方ですから、絶対とは言い切れませんが新たに店を構えるなら帝国ですね。もしそうなったら改めて挨拶に伺わないといけません。


「それじゃあ、私はそろそろ出発しますね。今日中に出国しないとならないので」


「おうよ! 帝国に行く用事の時は顔をだすからよ!」


「はい! それまではお元気で!」


 私は手を振りながらオリバーさんに別れを告げ、市民の皆さんに最後の挨拶を済ませながら城門まで向かう。


 国王の使いが立っていて、追放書類にサインをし、お父様が用意してくれた馬車に乗って私は故郷でもある王国を後にしたのだった。

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