第2話 新たな婚約話

 私は自室で国外へ行く準備をしていた。


 必要最低限のもの以外は魔法鞄に入れ、後は国王の証印が押された書類をいれるだけで支度は終わるところでした。


 言い渡された裁きの内容は、国外追放と貴族ではなく平民として暮らせという重い罰が下りました。


 今件を聞いてお父様が反論してくださったお陰で死刑は免れましたが、信頼していた人に裏切られるのは非常に脆い、自分がさらけ出されたような気持ちになった。


「エリナ」


「お父様……」


 ノックが聞こえたので、振り返るとドアにもたれかかるお父様がいましたが、憔悴しきった表情をしており泣いていたのか目元が赤く腫れていました。


 下級貴族から様々な功績や交渉力で侯爵の地位を授かり、厳しくもありばがら私を深い愛情で育ててくれたお父様と会話をするのもこれで最後。


「すまない、私の力不足で」


「いいえ、私たち貴族は階級としては上でも王族が絶対なのですから、お父様が庇ってくれなければ今頃死んでいましたわ。それにこんな事態を招いて本当に申し訳ありません」


「しかし、あのミレーヌがここまでするとは……汚らわしいクソ野郎が」

「まあまあ、落ち着いてください」


 怒りにふるふる唇を血が出そうなほど噛みしめるお父様に、私は落ち着くよう宥めました。 


「お前は悔しくないのか? 意味の分からない罪状で追放されたのだぞ!? お前の今までの頑張りを否定されたんだ!」


 お父様の言葉は最もです。


 悔しい気持ちはありますし、どうして私がこんな目にと八つ当たりだってしたい。


 だけれど、今件はあちらが一枚上手で私がルアンの密告にしっかりと対応しなかったのが敗因ですから怒っていても仕方がありません。


「今はどちらかといえば清々しい気分です。今まで未来の王妃として頑張ってきましたが、その役目からも解放されたと思うと少しホッとしているんです。それにいつか、外の世界も見て回りたいと思っていたので絶好の機会です!」


 私はこの王国から出たことがない。殿下の妻として恥じないようにと毎日座学や作法ばかりでした。


 そんな繰り返される日々の中で、外交が唯一の楽しみとなっていました。


 亜人族の皆様や魔族の方々から色々と外の世界の様子を聞いていたら、いつか自分の目で確かめに行きたいと思い始めました。


「エリナ……」


 今回の一件は最悪な結末に終わったようにみえますが、私からしてみればお役目から解放されたと捉えていいし、この国を考える必要もなくなったので。


 つまり肩の荷が下りたのです。


 私のやっていたことは全てミレーヌと殿下が引き継ぐそうですし、何かあっても私を呼ばないと書面まで頂いています。


 これにサインを迫られた時は、あまりにも用事深くてついつい笑ってしまいましたが、二人と関わらないようになるならいくらでもサインしますとも。


「そんな悲しそうな顔をしないでください。というか、私よりもお父様が心配です。今回の件は継母様も一枚噛んでいたのですよね?」


 この一件に関しては、私が尋問室に閉じ込められている合間に無様な格好を笑いに来たミレーヌが誇らしげに語ってくれました。


 何でも、継母様はミレーヌが殿下にふさわしい存在と謳っており、右翼側思想の私が王妃になるのを快く思わなかった左翼側が力を貸したのだ。


 左翼側は加護至上主義な上、血統を重んじている古くさい風習に囚われていて、人間以外の存在をよしと思ってない派閥で形成されている。


 昔はそんなこともなかったのですが……。


 左翼側と右翼側は元々は一つの派閥だった。


 しかし、亜人族を奴隷にするどころか、魔族の襲撃が分裂する要因となった。


 それでもこの世界で生きているなら和平を築けるという思想を掲げた貴族達に反発する者が出た結果、今の関係に行き着いたというわけです。


 殿下との婚約はこれに終止符を打てると思われていましたが、あのような結果となり左翼側が実権を握ったと言っても過言ではありません。


「私はどうとでもなる。近々あいつとは離縁するつもりだからな。私が愛していたのは、お前の本当の母親であるリノだけだ。あんな女につけ込まれた私が言うのもあれだが……この地位なんて捨ててやるくらいお前が大切なのは理解してほしい」


 私のお母様は出産と共に亡くなった。


 絶望のどん底に突き落とされたお父様に、左翼側の継母様がつけ込み関係に至ってしまう。


 その結果、ミレーヌを授かってしまったのだ。これに関してはお父様の罪であり、私がとやかくいうつもりはありません。


 本人は自死するくらい悔やんでいたし、毎日お母様の墓の前で泣きながら謝る姿を見ていましたから、それだけ愛していたと分かれば責めるのは野暮です。


「離縁と言いますが、中々難しいと思いますよ。父上のことですから手はあるんでしょうけど」


「時がくれば実行してやるさ。実の娘として接してほしいと願ったが、こんなにもあっさり裏切るとはあのクソ女め……それはそうとお前に一つ話を持ってきたのだ」


 女性をクソ野郎と呼んではいけませんよ。呼びたい気持ちは重々分かっていますけど。


「お話ですか?」


「ああ、保留していた件であるがリーンベルト帝国から縁談が来ているのだ。あんな一件があったからどうしようと思ったが……下手な場所よりかは帝国が安全と思ってな」


「はぁ……縁談相手はどのようなお方で?」


 正直、当分の間は縁談などはご遠慮したい限りですが、下手な領地に行くより帝国が安全な場所と言われれば反論できないのが悔しい点ですが。


「お相手は帝国の『勇者』だ」


「お父様は私を苦しめたいのですか? 勇者と聖女はセットなもの! また、帝国に聖女様が現れたら同じような結末を味わうはめになるんですよ!?」


 あんな思いは二度とごめんです。


 そうなるくらいなら自死した方がましですよ。


「何を勘違いしているか分からないが、帝国の聖女は王妃であり、そのご子息様が勇者様だ」


「え?」


「婚約者と望んだのは紛れもなく王妃様だ。それに今件は聞いておられるし、帝国の新たな区画を担当してほしいと連絡がきているのだ。ご子息様と婚約されるかは、お前自身が決めていいそうだと言われているがどうする?」


「拒否権はなさそうですね……分かりました。お引き受けいたします」


 それにしてもどうして王妃様は、他国である私を選ばれたのかしら?


 帝国にも候補はたくさんいるはずだけれど、直接指名とは何かあるのかな……。


 お父様は魔法鳥で帝国に返事を送った。


 迅速な対応は感心しますけど、こうも急な展開になるとは思いもしませんでした。


 しばらくのんびりとした生活を送れると喜んでいたのに……。

「お前はこのまま帝国へ向かいなさい」


「分かりました。その前にオリバーさんのところに顔を出してもよろしいですか?」


 一応、大変お世話になった商会『ディーバ』を運営しているオリバーさんには挨拶しておく必要があり、亜人族や魔族の皆様に関しては、落ち着き次第連絡を取りましょう。


 あ、でも殿下達が彼らと会合すると思われるからそのときに説明されるのを期待しますが。


「オリバーだが、今回の件にだいぶご立腹みたいだぞ」


「ふふ、あの方はくだらないことや曲がったことは嫌いですもんね」


 平民から天才的な商売の才能で貴族に成り上がったオリバーさんは、貴族のいやらしいやり方にいつも怒りを顕わにしていた。


 今回の件に関しては、私を地のそこまで叩き落としたいのか、殿下の指示の元に左翼側が言いふらしているそう。


 一部抗議があったそうですけど……詳しくは聞いてませんからね。


「そういえば、ルアンは?」


 いつも私に過剰なまでお世話してくれたルアンがいない。


 何処に行くにしても必ず着いてくる困った子ではあるけれど、それでも私にとっては家族のような存在です。


「ルアンは……ミレーヌの専属になったそうだ」


「ルアンの意思ですか?」


「いいや、ミレーヌが殿下にお願いしたらしい」


「そっか……お別れを言いたかったですが仕方ないですね」


 自分の忠告を無視した主になんて仕えたくありませんよね。


 ルアンは私が拾った奴隷であり、色々と学ばせて専属執事の地位を獲得した女の子だけど、ミレーヌも彼女が専属が良いと駄々をこねていました。


 私の大切にしていたものは、全て妹に持ってかれてしまいました。


 残されたのはお父様だけとなると……悲しんでいられませんね。


 最後にお礼を伝えたかったですけど、ミレーヌの専属メイドとなってしまっては、もう二度と会うことはできません。


 現在、ミレーヌと継母様はこの屋敷におらず、国王が住む城で暮らしているため、罪人である私は近づくことすら許されないので。


「それじゃあ、お父様。お元気で」


「最後の別れではない」


「それはどうしてですか?」


「決まっているだろう。俺も諸々片付けたら帝国に行くからな! 大事な娘の成長を最後まで見届けるのが私の罪滅ぼしだからな」


「お父様……」


 私とお父様は同じ血が流れているのを確かめるかのように抱擁し合う。


 こうして国を出る前にディーバへ寄るために足を進めるのであつた。

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