第1話 殿下に婚約破棄されました。

「エリナ・ノワード! 数々の非道な行いに、俺は失望した! お前との婚約は今この場で破棄させてもらう!」


「え?」


 私ことノワード公爵の長女、エリナは数多くの貴族が参列する会場の中央に呼び出され、婚約者であるローベル・サンテール殿下と向き合ったいた。


 本日は殿下の誕生日であり、こんなおめでたい日にこのようなことを言い渡されるとは、だれが予想できたかと思えるくらい突然だったため、私はゆっくりと頭を動かして周囲をみるほかない。


「その、一体どういうことですか?」

 平静を取り繕いながらも、今さっき耳にしたことが信じられず質問する。


 実際は衆目にさらされ、胸が凍り付いたまま蜜蜂の羽のようにいつまでも震えていた。


 参列者の方々は、この場の雰囲気に圧倒されているのか、私たちのやり取りを静かに見守っている。


「どうもこうもない! お前は俺に内緒で別の男と寝ただけに飽き足らず、自分の妹であるミレーヌをいじめていると聞いたぞ! これについては言い訳があるんだろうな!」


 別の男と寝た? ミレーヌをいじめた?


 ふと、殿下の横で魔物にでも逐い迫られたように怯えた、紫み寄りの銀色の髪をした妹のミレーヌと目が合う。


 妹は顔色が悪く自分を小さく見せようとしていた。


 ミレーヌを守るように殿下が前に出て、私を琥珀の瞳で睨んでくる。


 この子は、選定の儀で『聖女』の力を授かった王国の希望である。


 そもそも、私は外交とか父様の手伝いでミレーヌとろくに会話もしていないどころか、あちらは私が嫌いなのか話しかけても無視してきたはず。


 ミレーヌ・ノワードは二つ下の妹で、勉強は真面目に受けず遊んでばかりで、欲しいものがもらえないと駄々をこねる子だった。


 継母様はそんな彼女を溺愛しており、ノワード家の後継者として推薦しているものの、素行の悪さもあり現当主の父様からはよく思われていない。


 私が心配で声をかけても無視どころか、変な言いがかりをつけて継母に泣きつくなど面倒くさい部分に悩まされてきた。


 それだけではとどまらず、すごい負けず嫌いな上、私に対して敵対心は剥き出しであの手この手で勝とうとしてくる。


 それよりも、この状況をどう乗り越えれば良いか……。


「えっと、私は殿下以外の男性とお付き合いしたことありませんし、ミレーヌも私が嫌いなのか無視をしてきますが……」


 理解し難い状況には変わりなく、よりにもよってこのような場所で言うような内容ではない。


 婚約は親同士が決めたものですが、殿下は聡明な方で、厳しい面もあるけれど優しさに満ちあふれた人でした。


 お互いに高め合い、支え合い、どんな逆境でも乗り越えられる家庭を築けると……信じていましたが。


「自分の罪も認められないのか! お前は賢いと思っていたが、期待外れも甚だしいな!」


「殿下、やっていないことを認める方がおかしいとおもいますよ」


 感情は抑えつつ反論すると、殿下は華奢な身体に似合わない太いため息を吐いた。


 これは下手に罪を認めてしまえば、事態はややこやしくなるだけではなく、私を慕ってくれた人たちにも迷惑をかけてしまう。


 それにだれも何も言いませんが、私たちの婚約は家の事情で決まった今件を殿下の一存でどうにかできる問題ではありません。


 殿下のことですからそれを踏まえてはいると思いますが……。


「分かった。お前が認めないなら証拠を出そうじゃないか!」


殿下は指をならした。


 専属執事が一枚の羊皮紙を持ってきて、彼がそれを受け取ると紐解き、記された内容を高らかに読み上げていく。


「エリナ・ノワードは、妹であるミレーヌが『聖女』の加護スキルを授かったことに嫉妬し、使用人にいじめを強要。また、亜人族を手引きするどころか、魔族に協力するなど国を危機に貶めようとした罪人だったことが調べで判明した」


 全く身に覚えのないことを言われ続ける。


 私自身はお父様と同意見で、この国がスキル至上主義であろうと使い手の意思が最後にものを言う。


 亜人族とは長年のわだかりも多々あったが、現在は関係も良好で外交だってしてくれている。


 魔族とも困難に極めた交渉の末、こちらの技術とあちらの技術を教え合い、互いにより良い世界を築き合おうと同盟を結んでいるほどだ。


「エリナに指示されたと証言する者は多く、ミレーヌ自身も怖くて言い出せなかったが、今日勇気を振り絞って声をあげてくれた! お前のような役に立たないスキル持ちの分際が、『聖女』であるミレーヌを陥れようとするとは断じて許さんぞ!」


 ……大体の事情を把握したような気がした。


「つまり、私はミレーヌに『聖女』が授かったことに嫉妬し、使用人を巻き込んでよってたかっていじめただけではなく、彼らに情報を売った裏切り者ということです?」


 私は殿下に再度質問した。


 頭が他人のものみたいに重い。


 妹も相変わらず殿下の後ろに隠れてばかり。


 それにあの書面……国王様も一枚噛んでいるわね……。


「ああ、父上の密偵が調べたことだからな!」


 問いの答えに周囲がざわめきだす。


 そう来ましたか。


 国王が自ら動いたとなれば、あの書類に真実味が増す。


 それだけではなく、殿下が公認書類を読み上げたとならば、濡れ衣であってもまかり通ってしまう。


 反論する余地はあるけれど、私の話に耳を傾けてくれるはずもなく、逆に王族への反逆罪として立場を危うくなるどころか捕まる恐れもある。


 ましてや今日は殿下の誕生日会で、多くの目撃者がいるだけでは飽き足らず、半数以上がスキル至上主義を掲げる左翼側の貴族が参列している時点で詰みだ。


「状況は把握しました。しかし、私が罪人となると妹のミレーヌも罰を受けるはめになられますが?」


「心配は無用だ! ミレーヌは俺と婚約するんだからな!」


 一応、妹なので心配しましたが、どうやら殿下と結婚する算段はつけていたみたいですね。


「お、お姉様は……いつもいじめてきて、私が大事にしていたものや愛していた殿下も奪った挙げ句、ゴミのように見下してきました……。聖女の力を授かった時は、満足にご飯も食べさせてもらえず、使用人にも命令して私に家事もやらせてきたんです」


 何を言っているんですか。


 専属の料理人の食事がまずいと決めつけ、継母と共に外で贅沢三昧していたことや、私の持ち物を勝手に盗んで壊したのはあなたでしょ。


「私は、お姉様の道具じゃない! 殿下も傷つけるなら私は絶対に貴女を許しません!」


 何処に感銘を受けたかは分かりませんが、そこの貴族方だまされていますよ!


 妹と目が合う。


 口元を三日月型に歪めていた。


 ミレーヌの健気な姿に感動したのか、周りから賞賛の声が飛び交う。


一体いつから仕組まれていたかは分かりませんが、完全に私は敵と見なされており、ここまで用意周到だと手の打ち所がない。


 ルアンから、殿下とミレーヌが一緒にいると耳にしていたけれど……そのときからこれを計画していたのかな?


 実は専属のメイドであるルアンから密告があった。


 亜人族の皆様や魔族の方々との外交で多忙の身だった私の元に、彼は報告書を持って訪れた。


 内容は、殿下がミレーヌと恋仲であり、綿児がいない日は一夜を共に過ごしていたなどびっしりと書かれていた。


 にわかに信じられない話だが、妹は殿下に恋していたのは事実で、私が婚約者に選ばれた時は猛反対してきましたからね。


 しかし、流石に妹も馬鹿ではありませんから手を出すどころか、殿下自身もほいほいなびくとは思わないと高を括っていたのが裏目に出ました。


 はぁ、あのときルアンの話にしっかり耳を傾けていれば……仕方ありませんね。


 この事態を招いたのは、殿下やミレーヌでもなく私の監督不足。


 妹の嫉妬心をあまく見積もっていた節もあり、もう少し話し合いをしていればこんなことにはならなかったかもしれない。


 自業自得……国のため……殿下のためと頑張ってきましたが裏目に出ましたね。


「反論がないということは罪を認めるんだな! 衛兵!」


「お姉様……いえ、裏切り者のエリナ・ノワードを捕らえてください!」


 衛兵が駆け寄ってきて、私は逃げる間もなく床に押しつけられました。


 ひんやりとしたものが手首に巻かれたのを感じた。


 周囲も擁護する気もないのか、捕らえられた私を嘲笑っている。


「反論がないということは罪をお認めになられるのですね」


「人間のくずが! 俺はミレーヌとの間に真の愛を見つけた! お前みたいに『調律』という意味の分からない加護持ちが、この俺と結婚できると思うな!」


「殿下、お姉様も国には貢献していただきました。あんまり言ってはかわいそうですよ。まあ、罪は償って貰いますから覚悟してくださいね?」


 ええ、覚悟なんてできていますよ。


 殿下は妹を抱き寄せ、憎悪に満ちた目で私を見下していた。


 ミレーヌも見せつけるかのように彼の胸に顔を埋めて、他貴族同様に笑っている。


 悪を倒した勇敢なる二人の姿に感激する貴族達は拍手喝采が送られた。


 これでこの茶番劇は幕を降ろす。


 絵本のように世界の危機に強大な悪に囚われた姫を救ったのは、『勇者』の加護を持つ未来の国王であるローベル・サンテール殿下であったと。


 こうして、私は無実の罪を着せられた挙げ句、妹に婚約者である殿下を奪われて一方的な婚約破棄を言い渡される最悪な一日となったのだった。

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