第23話

(オフィーリアちゃん……?)


 息を呑む。

 俺がゼロから生み出した幻想。もし語り合えたらどんなに楽しいだろうと妄想し、ついぞ聴くことの出来なかった愛しい声。彼女に言葉を返すべく、輪郭を失っていた俺の身体が元の姿を取り戻す。

 

(俺が死んでないってどういう……いや、それより、どうしてキミが喋れるんだ?)


 モルモットの喉は言語を喋れるようにできていない。それはウイルス進化を果たした俺も例外ではなく、口に出せるのは「ぷい」とか「きゅい」が関の山だった。そのはずなのに、オフィーリアちゃんは俺の問い掛けをくすりと笑う。


「これは、あなたが見ている夢だから」


 夢。

 結局、これもひとりぼっちのモルモットが見た走馬灯の一幕だった。


(……そっか。そうだよな。だとしても嬉しいよ。俺は、ずっとキミと話してみたかったんだ)


「わかった上で見続けるなんて、よっぽど寂しかったのね」


(みっともないと笑うかい?)


「笑わない。私はあなたの孤独を知っているもの。……本当に、いままでよく頑張ったね」


 ああ──なんて都合のいい白昼夢。

 決して叶わないと知りながら、それでも求め続けた語らいに総身が震える。そうして堰を切ったように、大粒の涙がぽろぽろと溢れて零れ落ちた。


 叶うことなら、ずっとこの夢に浸っていたい。

 虚しいままごと遊びとわかっていても、もうひとりぼっちは嫌だった。


「──でも、もうひと頑張りしないとね」


 幸せを噛み締めていた俺の胸に、オフィーリアちゃんの鈴のような声が突き刺さる。


(……え?)


 俯いた視線を上げた先で、彼女は慈しむように微笑んでいた。


「言ったでしょう? これはあなたが見ている夢。生きているなら、起きて夢から覚めないと」


(い、嫌だ!)


 俺は駄々を捏ねるようにオフィーリアちゃんの言葉を遮る。しかし無情にも俺の身体はふわりと浮いて、夢の世界から覚醒を始めた。白い世界に亀裂が走り、音を立てて崩壊していく。


(起きたところで、もうどうしようないだろう!? だったら、俺は──)


「大丈夫だよ」


 最後に、遠ざかっていくオフィーリアちゃんは、朗らかに笑って言った。


「いまのあなたは、もうひとりぼっちじゃない。憎んで、呆れて、心を通わせられる……そんな気の抜けない相手がいるでしょう?」




 ──気がつくと、俺は畑のうねに倒れ込んでいた。寝ている間に夢を見ていた気もするが、内容は霞がかって思い出せない。


 辺りにはもうもうと立ち込める土煙。地面に目を凝らすと、野菜ゾンビの肉片が至るところに散らばっている。こいつらが緩衝材となり、俺はドラゴンゾンビの衝撃波から生き延びたらしい。


 気絶の直前、瞳に焼き付いた赤髪ギャルの姿を思い出す。あれでは万に一つも助からないだろう。砂塵に煙るドラゴンゾンビのシルエットも健在。どうやら俺は賭けに負けたようだ。


(……ま、復讐は果たせたかな)


 ズシン、ズシンと重厚な足音が近づいてくる。獲物を殺し切れていないと踏んで、ドラゴンゾンビがトドメを刺しに来たのだろう。

 俺は立ち上がろうとして、そこでようやく全身に力が入らないことに気がついた。


 締まらない顛末に渇いた笑いが漏れる。あれほど覚悟を決めておいてこの体たらく。あの世でオフィーリアちゃんも失笑しているに違いない。


 一陣の風が吹く。死に体の俺を隠していた最後の土煙が晴れていく。

 そうして俺は意識を手放し、すべてを諦めて目蓋を閉じた。


 ──閉じる、つもりだったのに。


 俺は、迫り来るドラゴンゾンビに立ち塞がる、三つの背中を仰ぎ見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る