第21話

 大地をどよもす衝撃の直後、風圧に煽られた俺の身体は天高く巻き上げられた。

 あまりの体格差に目算を誤ったのだろう。当たればぺちゃんこ確実だったドラゴンゾンビの一撃は、地面に大穴を穿つだけに留まっていた。


(くそったれええええ!)


 如何ともしがたい浮遊感の中、ヤケクソ気味に宙を掻く。

 このまま地面に落下すれば絶命は必至。あるいはそれこそが救いだったのかもしれないが、こんなところで諦める気にはなれなかった。


 しゃかりき、遮二無二、死に物狂い。翼を持たないモルモットでも、命を燃やせば空だって飛べるはず。そんな不細工な努力の甲斐もあり、俺の身体は屋敷の屋根にべちゃりと着地した。


(あ、あぶねぇ……! 同じマネは二度とごめんだ……!)


 荒ぶる心臓を落ち着ける。無理して動かしたひ弱な四肢が、爪の先までじんじんと痺れる。しかし息つく暇もなく、ドラゴンゾンビの無数の瞳が蠢いて、即座に俺の居場所を捉えてきた。

 今度は逃がさないと咆哮するドラゴンゾンビ。そのまま塀の障害をものともせず、屋敷に目掛けて一直線に突っ込んでくる。


(うぉおおおお! 急げ急げ急げ!)


 俺は雨どいを伝って退避を試みるが、どう足掻いても時間が足りない。

 ドラゴンゾンビのワガママボディが屋敷を紙くずのように粉砕し、俺の身体が再び無様に宙を舞う。今度は着地も許されなかった。


 鈍い衝撃が連続して全身を駆け抜ける。きっと水切り石のように地面の上を跳ねているのだろう。ようやく勢いが止まったころには、俺の意識は暗転寸前になっていた。


(……いたい)


 呼吸が痛い。思考が痛い。指先に力を入れようとするだけで骨が軋む。なんでこんな目に遭っているのか、その原因を考えるだけでも痛みが伴う。もうすべてを投げ出して泥のように眠ってしまいたい。そんな甘い誘惑が俺の中で鎌首をもたげる。

 

(もうつかれたよ、オフィーリアちゃん……)


 ──ああ、そうだった。

 ギャル共に食われたモルラント。肉の牢獄に囚われて、ついぞ解放されることがなかったみんなの魂を弔うために、俺は復讐を決意したんだ。


 でも、こんな目に遭ってまで続ける意味はあるのだろうか。


 オフィーリアちゃんはもういない。そもそもモルラントになった時点で彼女の意識は消失していた。ギャル共は動く屍に成り果てたモルラントにトドメを刺しただけに過ぎない。ともすれば、彼女たちの魂を救ったのは──


 激しい痛みが胸を襲う。それ以上考えてはいけないと、俺の心が悲鳴を上げた。


 そうだ、考えるまでもない。

 奴らへの復讐を遂げないと、俺は未来に進めない。

 あの怒りを思い出せ。愛する者を食われた慟哭。何も出来なかった己の不甲斐なさ。この身体の根幹で燻る、仄暗い怨嗟の灯火を──


 湧き起こる情動を燃料にして、俺は遠退く意識を引き戻しながら立ち上がる。

 気がつけば、俺は屋敷の中庭に戻ってきていた。


 眼前には積み重なったニワトリの骸。その先には門前を埋め尽くす野菜ゾンビ。背後にはドラゴンゾンビの巨躯が迫り、事態はふりだしより悪化している。


(上等だ……!)


 絶体絶命のピンチを前に、俺の頬は不敵に吊り上がった。

 窮地にこそ活路あり。追い詰められた鼠は猫にだって立ち向かう。決死の覚悟が決まってしまえば、あとは成すべきことを成すまでだ。


(ついてきやがれ、ドラゴンゾンビ!)


 俺は軋む身体に鞭を入れ、野菜ゾンビの群れに向かって走り出した。

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