第20話

 それは、路肩に放置された軽トラックだった。荷台には長い葉を茂らせた木が覆い被さるように積まれており、肉厚な葉先に丸々とした赤い果実が実っている。


 果実の形状から察するに、積荷の正体はピタヤという農作物だ。赤い実が竜の鱗を思わせることからドラゴンフルーツという俗称が付いた多肉植物である。こいつはサボテンの仲間なので、長い葉っぱに見えたのは肉厚なくきだろう。

 しばらく観察してみたが、ドラゴンフルーツはギシギシとそよ風に揺れるだけで、野菜ゾンビのように襲い掛かってはこなかった。


(脅かしやがって、このっ!)


 腹いせにトラックのバンパーに飛び蹴りを入れる。当然、モルモットの一撃ごときで車体が動くことはない──はずだった。


 直後、軽トラックがエンストを起こしたようにガクンと揺れ、そのまま音を立てて震え出した。


(……あれェ?)


 震動は強さを増していき、えも言われぬ悪寒が俺の背筋を駆け抜ける。

 虫の知らせは現実に。軽トラックに覆い被さっていたピタヤの木が、鎌首をもたげた大蛇のように起き上がる。


 動き出した長い茎は見る見る伸縮・成長を繰り返し、トラックを巻き込みながら異形を作り上げていく。複雑に絡まり寄り合わさる茎の束は、さながら巨大生物の筋線維を思わせた。


 形成された緑の巨躯が咆哮する。サボテン科の棘で出来た鋭利な爪。多肉植物の名に恥じない分厚い尻尾。一夜しか咲かない月色の花は雄大な翼を形作り、赤く輝く果実の瞳が宝石のように妖しく輝く。


 その風貌は、まさしく神話に登場するドラゴンそのものだった。


(ド、ドラゴンゾンビ、だと……!?)


 ウイルスがもたらす悪夢は留まるところを知らないのか。植物がゾンビ化した時点ですでに理解を超えていたのに、架空の生き物にまで進化するなどいったい誰が想像できよう。


 立ちはだかった絶望に総身が震える。にんじんゾンビですら持て余した俺が、屋敷の高さを優に超えるドラゴンゾンビに敵うはずがない。

 だというのに、俺は込み上げてくる笑いを抑えるのに必死になっていた。


 圧倒的な存在感を誇るドラゴンの巨躯──その股間から、肉体形成時に取り込まれた軽トラックの頭が突き出ている。まさに絵に描いたような合体事故ドラゴンカーセ〇クスだった。


(は、はははっ……)


 混乱と恐怖、そしてとびきりの馬鹿馬鹿しさが頭の中でカクテルとなり、いまの自分がどんな表情をしているのかすら判然としない。ただひとつ確かなことは、下手に動けば俺の命など簡単に消し飛ぶという事実だけだった。


(だ、大丈夫……刺激さえしなければ……っ)


 俺は意を決して足下の通過を試みる。幸い巨大なドラゴンゾンビは矮小なモルモットの存在に気付いていない。このままやり過ごすことができれば希望は繋がるだろう。

 そうして勇敢に歩みを進め、俺の足がドラゴンゾンビの尻尾の付け根に差し掛かったとき。突如けたたましい警笛音クラクションが耳元で轟いた。


 何かの拍子にトラックの警笛が作動したのだろう。それは即座に理解できた。

 だが、ぎょっとして振り向いた先。俺の目に飛び込んできたのは多肉植物でできたドラゴンのケツ。そこから連想する音は特大の──


(ぶほぉぉッ!)


 このときほど人並みの知性を得ていた己を怨んだことはない。

 俺は盛大に噴き出した。そりゃあもう口の中が爆発したと思うくらいに噴飯した。


(あっ)


 恐る恐る天を振り仰ぐ。ドラゴンゾンビは依然どっしり構えたまま。

 かと思いきや、次の瞬間ピシリと全身に亀裂が入り、中から深紅の果実がギョロギョロと飛び出してきた。


(……ああ、もう。なんでゾンビって奴は身体中に眼を生やすんだ)


 そんなことを考えながら、俺は振り下ろされる龍の鉄槌を他人事のように眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る