第19話
家畜を食らうトマトがいた。垣根をへし折るナスがいた。ビニールハウスを潰して回るお化けカボチャがいた。先ほどまでののどかな田舎の景観から一転、手足を生やした巨大野菜が畑を舞台に踊り狂う、この世の地獄がそこにあった。
「───ま、まじムリっ……☆ おなか、おなかよじれる……っ☆」
赤髪ギャルが辛抱溜まらずその場に伏せり、地面をバンバン叩いて鳴らす。俺を抱えた金髪ギャルも笑いを堪えるのに必死なのか、ふるふると震えたまま動かない。前方の黒髪ギャルもあまりの
(……くそ、もっと早く気付くべきだった)
村に足を踏み入れたときに感じた違和──畑を荒らす害獣がまったく見当たらなかった理由にいまなら合点がいく。
この農村は、初めから野菜ゾンビに支配されていたのだ。
奴らが這い出た畑の跡に目を凝らすと、肥やしにされた村人ゾンビや野生の獣の姿が見えた。みんな食虫植物のように誘い込まれて埋められたのだろう。
(このままじゃ全滅だぞ! どうする黒髪ギャル!?)
妙案を求めて念を送るが、黒髪ギャルからの返答はない。
俺はもぞもぞと金髪ギャルの腕から抜け出し、黒髪ギャルの正面に回り込むと、急かすようにその顔を振り仰いだ。
(おい! 思案するなら逃げながらでも──)
「……わあぁぁぁぁん……! やさいこわいよぉぉぉ……っ!」
よりにもよって、黒髪ギャルは最悪のタイミングでポンコツ化していた。
おそらく地獄絵図のオンパレードでお脳がキャパオーバーしたのだろう。こうなってしまっては是非もない。
(Damn! Damn!! Fuck!!!)
事態にさっさと見切りを付けて、俺は脱兎のごとく逃げ出した。いや、この場合は
そんなことを考えていると、視界の端でにんじん津波が門を突き破り、逃げ遅れたギャル共が呑み込まれるのが見えた。まさに間一髪だった。
(ああ、バウマン博士。アンタのせいで俺はいま大変だよコンチクショウ)
生みの親への恨み辛みもそこそこに、俺は逃げ込んだ
見ると、畑をうろついていたトマトやナスがにんじんの群れと合流しているところだった。ナス科のゾンビは太いツルを器用に伸ばし、捕まえたギャル共を見せしめのように持ち上げる。
「ぶぁはははは☆ なにこれぇ!? めっちゃくすぐったいんですけんむぅ──!?」
馬鹿笑いする赤髪ギャルにツルの猿ぐつわがねじ込まれた。予期せぬ事態に驚いたのか、赤髪ギャルは握っていた金属バットを取り落としてしまう。
「ふ、ふふっ……ちょっと待ってぇ~。笑いすぎて動けな……ひゃぁんっ!」
金髪ギャルにしては珍しい上擦った悲鳴が上がる。股下や胸の谷間をツルの触手に這い回られては、さしもの彼女も余裕綽々とはいかないらしい。
「……ひっく。ぅぅ……たかいよぅ……」
ポンコツ化した黒髪ギャルは、簀巻きにされて身動き一つ取れなくなっていた。二人は見栄えする絵面だったが、こちらは色気の欠片もない。
(まったく、簡単に捕まりやがって……)
内心で独り言ちていると、野菜ゾンビが獲物を掲げてお祭り騒ぎを始めた。さながら野蛮な首狩り族の儀式である。このまま傍観していれば、ギャル共は数刻もしない内に肥料と化してしまうだろう。
(……あれ? もしかして、このままだと俺の復讐終わっちゃう?)
一日目にして旅の目的即達成。おまけに自分も手もまったく汚れない、RTAもビックリの超高速復讐劇だった。
(それは、なんか違うだろ)
復讐者には復讐者の矜持ってものがある。降って湧いたような幸運や、他人の手で成し遂げられる復讐など興ざめもいいところだ。叶うことなら、ギャル共には俺の手ずから引導を渡してやりたい。
(……しかたない。癪だけど助けてやるとするか)
俺は一念発起する。後々のことを考えるならここで恩を売っておくのも悪くない。そうして信頼を築いた分だけ、裏切ったときのカタルシスも大きくなるのだから。
(そうと決まれば、まずはあの拘束をどうにかできる方法を探さないと)
勝利条件はシンプルに、ギャル共の拘束を解くだけで事足りる。今回は油断が重なり無力化されたが、本来のあいつらなら野菜ゾンビなど物の数ではないはずだ。なにせモルラントを苦もなく倒した正真正銘のバケモノだし。
(まあ、問題はそんな都合のいい方法があるかって話なんだけど)
そこは賭けに出るしかない。頼みの綱はいつも黒髪ギャルが携帯している冷蔵武器庫だ。あの収納量アンノウンの不思議ボックスなら、あるいはモルモットでも使える手榴弾のひとつでも入っているかもしれない。
たしか件の冷蔵庫は崩壊した門前の横──ちょうど野菜ゾンビが群れている場所の対岸──に黒髪ギャルが降ろしたはずだ。
(……よし、ひとまず塀に逸って向こうへ行こう)
俺は野菜ゾンビにバレないようこそこそ進軍を開始する。
幸い、奴らはギャル共を担ぐのに夢中でこちらに気付く気配はなかった。
(ふふふ。このミッション、案外楽勝かもしれ、な──!?)
そうしてほくそ笑みながら最初の角を曲がると、突如目の前に白い塊が立ちはだかった。
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