第18話

 青空の下に奇怪な大音声シャウトが鳴り響き、その場に居合わせた全員が呆気にとられた。


 目の前の現象を理解できず、俺の思考は宇宙の彼方に逃避する。しかしにんじんの口(?)から絶えずフレッシュな汁が迸り、それがびしゃびしゃと俺の顔を濡らすものだから、否が応でも〝残念これは現実です〟と突き付けられる。


(何──この、なんなの!?)


 俺は半ばやけくそになりつつ眼前のにんじんを観察する。


 胴体をぱっくりと割いて現れた口(?)。天高く掲げてしなる対の腕(?)。目や鼻に類する部位は見当たらず、雄叫びに合わせて揺れる葉は人間の頭髪のようだ。全身にはドクン、ドクン、と脈打つ青筋が幾重にも浮かんでおり、さながらB級映画に登場する野菜の怪物といった風体だ。


『ヒザシノヨォナマナザシィノナカァァァッ!』


 しまいには自ら地面を這い出して熱唱を始めた。振り付けの踊りもキレキレである。


「あっはははは☆ ムダに! ムダに美声なんですけど! ウケる♪」


 にんじんの仕草がツボにハマったのか、赤髪ギャルが目に涙を浮かべて爆笑する。

 黒髪ギャルは思考が追い付いていないのか、眉間にシワを寄せたまま固まっていた。


(……これ、ゾンビウイルスに感染した野菜だろ)


 俺の内心を読み取ったのか、はっと我に返った黒髪ギャルが痛そうに頭を抱える。


「ゾンビ化って、植物にも作用するものなの……?」


(まぁ、バウマン博士ならやりかねんとしか)


 植物も大雑把に見れば生き物のカテゴリに含まれる。叡智の悪魔と称された博士ならやってやれんこともないはずだ。なにせ究極の生命体を作り出すと豪語していたくらいだし。


(しっかし、声帯とかどうなってんだ……?)

 

 もっと調べてみようと思い立ち、俺は踊り狂うにんじんに顔を近付ける。

 刹那。べしっ、と気の抜ける音が鳴り、目に見えるすべての景色が反転した。


(──は?)


「マウスくんッ!?」


 声を上げた金髪ギャルが俺のもとに駆け寄ってくる。

 にんじんの腕が擦ったのだと理解したのは、もんどりを打った俺の身体が地面に激突したあとだった。


(……おえェッ。脳が、脳が揺れるぅ……)


「えぇえぇっ!? このにんじんめちゃ強くね!?」

「……感心してる場合じゃないわ」


 にんじんを見つめる黒髪ギャルの頬につうっと一筋の汗が流れる。


「ミミ。あなた、コレと似たのがいっぱいあったとか言ってなかった?」

「あ、うん。それがどったの?」

(いや、どうもこうもないだろう……)

「まさか、ニワトリさんをあんなにしたのって……」

 

 赤髪ギャルを除いた全員が固唾を呑み、恐る恐るセクシーにんじんに視線を送る。


『アノコハタイヨォノコマチィ──』 


 歌い踊る新鮮野菜はくるりと華麗なターンを決め、声高らかにレスポンスを乞う。

 それに応えるかのように、母屋や家畜小屋から地鳴りのような音が響き──

 

『『エンジェエエエエエェェェエッ!!!』』


 セクシーにんじんの大群が、土煙を上げて現れた。


「だっはははははは☆ あははははははへぁっ!? ゲホッゴホッ!」


 あまりにシュールな光景に、ただでさえ沸点の低い赤髪ギャルが咽せた。


(笑ってる場合かぁぁぁぁッ!)

「ななな、なにあれぇ~!?」

「いいから、逃げるのよッ!」


 脳震盪のうしんとう真っ最中の俺を金髪ギャルが回収し、もと来た道を一目散にひた走る。

 ちらりと背後を振り返ると、雪崩を打って迫り来るセクシーにんじんの群れ。半狂乱に歌い踊り、ニワトリの死骸を踏みつけ越えてくる様は、まるで大熱を出した日に見る悪夢のようだった。


 屋敷の門を潜り抜けたところで、ふいにギャル共の脚が止まる。


(おい、なにを止まって……)


 何事かと思って門の先に視線を向ける。

 そこに広がっていた景色を見て、俺はふたたび絶句した。

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