第17話
屋敷の門を潜り抜けると、濃密な死臭が俺たちを出迎えた。
「ありゃ~、これはひどいねぇ……」
鼻が利く金髪ギャルが眼前の光景に眉をひそめる。俺も一嗅ぎしただけで吐きそうになり、慌てて両手で鼻を塞いだ。
それは、まさに
乱雑に放置された内臓の山。血を吸って地に落ちた大量の羽毛。無惨に食い散らかされたニワトリたちの死骸が、だだっ広い屋敷の庭に赤黒い川を形勢している。周囲にはこの惨状を作り上げた犯人のものか、大蛇の群れがのたくったような歪な足跡も見て取れる。眺めていると全身の毛がぞわぞわしてきた。
「注意して。まだ犯人が近くにいるかも」
「ふぇぇ……アタシのやきとりぃ……」
警戒を強める黒髪ギャルの横で、赤髪ギャルがめそめそと消沈する。この惨状を目にした後でも食欲優先とは恐れ入る。
(……これ、もしかしてヘビの仕業だったりする?)
血の足跡から連想してしまったが、ヘビだけは勘弁してほしい。いくら俺がウイルス進化を果たしていても、遺伝子に刻まれた根源的恐怖は如何ともしがたい。
「ヘビは獲物を丸呑みにするし、こんな風に死体の山は残らないわ」
俺がビビり散らかしていると、黒髪ギャルがニワトリの死骸を注視して呟いた。
(そっか。そうだよな。ふぅ……)
「よく見ると、お肉もほとんど食べられてないね~」
「……断面も噛み痕というより、力任せに引きちぎったみたいね。食べようとしたわけじゃないのかしら……」
金髪ギャルと黒髪ギャルが冷静にニワトリの検死を進める。
そのとき、どこかで大きな物音がした。
「あそこだっ!」
耳のいい赤髪ギャルがいち早く反応する。視線の先にあったのは、母屋から離れた場所に佇む血塗れの家畜小屋だ。
「おらぁぁぁッ! やきとりのカタキぃぃぃぃ☆」
「あ、ミミ! 待ちなさいっ!」
黒髪ギャルの制止も聞かず、雄叫びを上げて突っ込んでいく赤髪ギャル。その勇ましい後ろ姿が不気味に開け放たれたままの小屋に消える。
「あの考えなし……!」
「まぁまぁ。ミミちゃんなら心配いらないって~」
苛立たしげな黒髪ギャルとは対照的に、金髪ギャルは余裕の表情だ。たしかに奴の強さを考えれば、仮に鬼が待ち受けていようと歯牙にもかけないだろう。
「そういう問題じゃあないでしょう?」
「ごめんなさい……」
(仰るとおりです)
青筋を立てた黒髪ギャルに睨まれて、反射的に萎縮してしまう俺たち。
しばらくして、赤髪ギャルが何事もなく家畜小屋から戻ってきた。
はたしてその手に握られていたものは──
「見てコレ☆ オモロイ形のにんじんあった♪」
市場に出回らない規格外の野菜──いわゆる〝セクシーにんじん〟だった。
「わぁ、かわいい~!」
「……はぁぁぁ」
金髪ギャルがパチパチと拍手し、なんとも締まらない
驚くべきはその大きさだ。赤髪ギャルの半分はあろうかという特大サイズで、擬音を付けるならムッチムチもいいところである。これではネットでバズりはすれど、食用で売るには向かないだろう。
「……で、他に怪しいものはあった?」
にんじんでブンドド遊びを始めた赤髪ギャルに、黒髪ギャルが形だけ質問する。
「うんにゃ、これだけ☆ 他にもいっぱい転がってたよ♪」
「ニワトリさんのご飯だったのかな~?」
考えられる可能性は金髪ギャルの予想くらいか。
(……結局、物音の正体はなんだったんだ?)
深まる謎に頭を捻っていると、目の前にセクシーにんじんが墜落してきた。
「ほい☆ てんてーご所望の生野菜、無事着陸したであります♪」
(これを食えと!?)
「……まぁ、形はともかく味はいいってよく聞くね」
黒髪ギャルはそう言うものの、にんじんにはニワトリの血がべったりと付着しており、まったく食欲をそそらない。地面に屹然と突き立つ様はさながら地上を侵略に来た地底人だ。
(まったく、見れば見るほど肉感的なフォルムをしてやが……ん?)
訝しげに睨んでいると、にんじんの腕(?)がわずかに動いた気がした。
(……なぁ。コイツいま動かなかったか?)
「そんなわけ──」
次の瞬間。
黒髪ギャルの否定の言葉を遮るように、セクシーにんじんが嘶いた。
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