第16話
地図を頼りにしばらく進むと、ほどなくして文明の跡が目に入るようになった。
でこぼこした未舗装の
「あれ~? あんまり生き物のにおいがしないなぁ」
農村に足を踏み入れて早々、金髪ギャルが風の匂いを嗅ぎながら呟いた。黒髪ギャルも注意深く辺りを見渡しているが、第一村人もといゾンビは発見できない。赤髪ギャルは理由もなく畦道を走り回っている。
俺も二人のゾンビを見習い、初めて目にする人の居住区を観察する。
季節は晩夏。田畑は獣に荒らされた様子もなく、未収穫の野菜の葉っぱがずらりと
(……ずいぶんとまぁ小綺麗だな)
品種改良された作物の味は、野生とは比べものにならないほど良質とされている。その守り手たる人間が消えたなら、野山の獣が喜び勇んで食い荒らしているはずだ。
しかし、周辺には獣の姿はおろか、害虫の一匹も見当たらない。
(なぁギャル共。本当に人類は滅びたのか?)
気になって心の中で訊ねると、黒髪ギャルが俺の疑問を拾ってくれた。
「……少なくとも、私たちが見てきた場所にはゾンビしかいなかったわ」
(にしては畑が綺麗すぎると思う)
「農家のゾンビなら畑の世話くらいするでしょ」
してたまるか──と思ったが、ゾンビは生前の習慣に従い動く性質上、あながちあり得ない話じゃなかった。黒髪ギャルの推測が当たっているなら田畑が荒れてない理由にも納得がいく。
(じゃあ、ゾンビが畑を守ってたらどうする?)
研究所での暴れっぷりを鑑みるに、やはり有無を言わさずブチのめすのだろうか。
「そんときゃ仲良くなってバーティ一っしょ♪ 暴力反対! ラブ&ピース☆」
走り飽きた赤髪ギャルが会話に割り込んできた。その手には博士のゾンビを撲殺した金属バットが握られている。
(おい、説得力)
「……まあ、向こうから襲ってこない限り、私たちから手は出さないわ」
(問答無用で撃ってきた奴に言われてもな)
「わら☆」
「あれは……私もお腹が空いてたから」
そうして他愛のない会話を交えていると、ふいに金髪ギャルが声を上げた。
「あ、血のにおいみっけ~」
不穏な言葉に空気がひりつく。
「……場所は?」
「ん~と、あの大きなお家の辺りからだね~」
金髪ギャルが指さす先。細長い畦道の終着点には、遠目から見ても立派な木造家屋が建っていた。時代劇に出てきそうな門構えをしている辺り、この農村で一際栄えていた家だろう。しかし、何より驚いたのは──
(遠ッ……!?)
俺もゾンビウイルスによって感覚器官が強化されているが、屋敷の方へ意識を向けても血の匂いなど嗅ぎ取れなかった。ギャルゾンビのスペックは未だその底が見えない。
「……よし。みんな、武器の準備を」
黒髪ギャルが背負っていた冷蔵庫を解放し、中の武器を物色し始める。金髪ギャルも抱いていた俺を地面に降ろして後に続いた。
(おい、ラブ&ピースはどうした)
見上げながら訊ねると、黒髪ギャルはショットガンを装填しつつ、抑揚のない声で言った。
「血の匂いがしたってことは、飢餓状態のゾンビが暴れてる可能性があるわ。あるいは人を食べた猿かイノシシ、熊のゾンビもあり得るか……」
(熊ぁ!?)
「とにかく駆除しておかないと、安心して野菜も頂けないでしょ」
「熊さんに愛と平和を説いてもね~」
「ハチミツ一緒に食べればよくね!?」
「そうしようとした馬鹿は全員胃袋の中でしょうね」
和気藹々と会話を挟みつつ、ギャル共は淡々と戦闘準備を進めていく。
その姿に俺は薄ら寒いものを覚える。
(やっぱ帰ろうかなぁ)
「……逃がさないわよ、非常食」
やっべ、聞かれてた。
結局この場から逃げ出すことは叶わず、俺もゾンビ退治に同行することになった。
しかし、俺たちは肝心なことを見逃していた。
なぜ農家のゾンビが一人も見当たらず、獣も虫も作物を荒らしていなかったのか。
その理由を嫌というほど思い知らされるとは露知らず。準備を終えた俺たちは、血風漂う農家に向かって歩き出すのだった。
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