二章 サラダバーってマジ魔境☆

第14話

 薄暗い玄関ロビーを抜けると、鋭い日射しが視界を白く染め上げた。

 思わず目蓋を閉じてしまったのは、まぶしさに目が眩んだだけじゃない。


「うっひょーいい天気☆ お肌がじりじりするー♪」

「アイちゃん。日焼け止めってまだ残ってる~?」

「……ない。この前ミミが食べちゃったから」


 未練がましく暗闇に引きこもる俺を、ギャルゾンビの姦しい声が責め苛む。自分で耳を塞ぎたくても、金髪ギャルに抱かれてるせいでろくに身動きが取れやしない。


(やっぱりムリだぁ……)


 ギャル共への復讐を決意したはいいものの、研究所から出たことがない俺にとって、外の世界は文字通り魔境だ。


 知識の上では知っている、人類が築き上げたコンクリートジャングル。傲慢にも自然との調和を謳う、人間による人間のためだけの歪なコミュニティー。ひとたび獣が迷い込めば問答無用で処分される慈悲なき土地。そんな世界がパンデミックで崩壊したいま、一体どのような様相を呈しているのか。


 想像しただけでも身が竦む。考えれば考えるほど、閉じた目蓋は固く重くなっていく。

 そんな俺の都合などお構いなしに、ギャル共は日射しの中をずんずん進む。


「んで、次はどこいく? なに食う? ミミさんお肉食べたいな♪」

「最近肉ばかりじゃない?」

「そろそろお野菜食べたいね~。マウスくんも、たぶん葉っぱとか好きだよね?」


(──…………)


「ありゃ? おーい、マウスてんてー」

「おめめつむっちゃって、おねむなのかな~?」

「……怖くて目を開けられないだけでしょ」


(ビ、ビビってねーしゅ?)


「ぶはっ☆ 心の中で噛んどる! ウケるんですけど♪」

「だいじょーぶ。ほら、緑がいっぱいできもちいいよ~」


 金髪ギャルが俺の頭を優しく撫でて、目を開けるよう催促してくる。

 いまのところ、ギャル共がそわつく様子もない。目蓋を開けば、本当に拍子抜けする景色が広がっているのだろう。


 だとしても、怖いものは怖い。賽が投げられたからといって、誰もが出目を直視できるとは限らないのだ。そう簡単に恐怖を克服できるなら、俺はこいつらが現れる前に研究所を飛び出してただろう。


(自分でも女々しいとは思ってるよ。でも、俺みたいな奴はキッカケがないと変われないんだ。心の準備だって必要だし……)


「チキンね」


 切れ味抜群の言葉がガラスのハートに突き刺さる。


(……いまの声は黒髪ギャルだな。俺が鳥に見えるなら、目玉を交換することをオススメするぞ)


「口喧嘩する度胸があるなら、さっさと覚悟を決めなさい」


 そう言うと、間髪入れずに鈍い衝撃が降ってきた。痛みと共に目蓋の裏で火花がはじける。


「わぁっ!? 乱暴はダメだよアイちゃん!」

「なはは☆ チョップがめり込んどる♪」


(な、殴ったね!? 動物愛護団体に訴えてやるぅ!)


 涙目になりながら抗議すると、黒髪ギャルが鼻で笑う音がした。


「……目、開いたじゃない」


(──あ)


 言われて、閉塞していた俺の世界に、じわりと色彩が滲み出す。

 はじめに浮かび上がったのは、腹を抱えて爆笑する赤髪ギャルと、あの忌まわしい冷蔵庫を背負った黒髪ギャルのシルエット。ぼんやりとしていた世界の輪郭が、二人を起点に形を成していく。


 そこは、小高い丘の頂だった。

 遠方には白く霞む山の稜線と、草木が茂る豊かな緑。

 上方には吸い込まれそうな青空が広がり、俺を心配する金髪ギャルの曇り顔が、燦々と降り注ぐ白い日射しをわずかに遮っている。


 どこか現実味がなくて、どこまでも広がる鮮やかな景色に、俺は思わず息を呑んだ。


「……ほら、ぜんぜん怖くない」

「いや~、問答無用でチョップしてくる人は怖いと思うな~」

「それな♪」


 じゃれつくギャル共の声も遠く。

 早鐘を打つ心音だけが、耳の中でうるさいほどに鳴り響く。

 

(世界って、こんなに色が付いてたんだな)


 そうして感慨に浸っていると、しばらくして黒髪ギャルが訊ねてきた。


「話を戻したいのだけど、もう少し待った方がいい?」


(──いや、いい。それで、何の話をしてたんだ?)


「次のご飯をどうするか」

「はいっ! やっぱ肉! 肉がいいと思いまーす☆ マウスてんてーもお肉食べたいよね?」


 赤髪ギャルが元気よく捲し立ててくる。


(俺、草食動物なんですけど)


「そーしょくどーぶつ?」

「基本的に草しか食べない生き物のことよ」


 説明を聞いた赤髪ギャルが目を丸くする。口もあんぐりと開けて信じられないといった面持ちだ。


(一応、ペレットにしてくれれば食えないこともないぞ)


 ペレットとは穀類・肉・骨・卵などを粉末状にして固めたペットフードだ。製造過程で薬を混ぜれば効率よく実験できるため、研究所では頻繁に食わされたものである。というか生まれてこの方ペレットオンリーだったので、正直かなり食傷気味だ。


「……精製する機械もないし、ここは野菜にしておきましょう」


 俺の内心を察してか、黒髪ギャルがやんわりと提案してくれた。


(できれば俺も生野菜ってやつを食ってみたいかな)


 忖度せずに答えると、俺の頭上で金髪ギャルがくすっと笑った。


「じゃ、次のご飯はサラダに決定~」

「異議なし」

「えー、ぴえんなんだがー!」


 だだをこねる赤髪ギャルを黒髪ギャルがたしなめる。


「私たちは雑食なんだし、食が偏ると美容にも悪いわよ」

「うんうん。それに、マウスくんのためにも野菜の備蓄は必要だよね~」

「そういうこと」

「ふぇぇ……サガるぅ」


 赤髪ギャルは最後まで不満を垂れ流していた。どうやら大の野菜嫌いらしい。


「いいじゃん、お肉ばっかでもさぁ。アタシらゾンビなんだしぃ……」


 しかし三対一の多数決は覆しようもなく、次のご飯は野菜の食べ放題に決定した。

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