第13話

 気になって訊ねると、赤髪ギャルは桃色の肉片をゴクンと呑み込んでから言った。


「これ? アイが持ってきたゾン肉ー☆」


 赤髪ギャルの返事を聞いて、黒髪ギャルが「忘れてた」と顔に出しつつ補足する。


「……ミミが先に食べちゃってるけど、ラボで仕留めたやつを冷蔵庫に詰めてきたから。食べ足りない人はセルフでどうぞ」

「あれ? ゾン肉ってエグ味があるから、ミミちゃん苦手じゃなかったっけ?」

「それがさ、スープに入れるとめっちゃ味が変わるんよ♪ これならアタシもモリモリいけるわ☆」

「ほんと? じゃあ私もひとつ貰おうかな~」


 席を立った金髪ギャルが、冷蔵庫から一口サイズの生肉を引っ張り出す。その荒々しい切り口から察するに、おそらくチェーンソーを使って捌いたのだろう。戻ってくるのに時間が掛かったのはそのためか。


「んっ! ほんとだ、おいし~!」

「香辛料のおかげかな……。ハナ、私にも一口ちょうだい」

「いいよ~。はい、あ~ん」

「……ひとりで食べれるってば」


 カップメンに引き続き、ギャル共がもちゃもちゃとゾン肉を頬張る音が響く。

 スープに浸しているとは言え、うら若き乙女が生肉に食い付く様は、こいつらが人外であることを再確認させられる。


(──ちょっと質問。その肉って、まさか研究員共の……?)


 恐る恐る訊ねると、ギャル共の箸運びがピタリと止まった。


「……人肉は筋張ってるし、どうやっても美味しくならないんだよね」

「それな☆ アニマルゾン肉も激マズだけど、ヒューマン単品はマジぴえん♪」

「あれはねぇ。いくらお腹減ってても、二度とゴメンかな~」


(食ったことはあるんだな?)


「うんにゃ。みんな一口目で〝ぺっ〟てした☆」

「ミミはしばらくマーライオンになってたね」

「そーそー……ん? マーライオンってなんぞ?」

「わかりやすく言うとゲ──」

「こ~ら。女の子がそんなこと言っちゃいけませ~ん」


 そうしてきゃぴきゃぴじゃれ合いながら、ギャルゾンビたちは見る見るゾン肉を平らげていく。


(……なるほど。職員共の肉じゃないなら、それはモルラントの残骸か。そうかそうか)


 その食事風景を、俺は呆然と見届けることしかできなかった。


「「「ごちそうさまでした!」」」


 〆の唱和が響き渡る。

 弔いたかった愛する者の亡骸を、目の前で食われた男の心情は如何ばかりだろう。

 その答えはギャル共にはわかるまい。だって残さず食べちゃったんだもの。


 ──許さん、絶対に許さん。

 先ほどまでの熱い感慨が、冷たい炎となって俺の内を焼いていく。

 この灼熱は、ギャル共の大切なものを打ち砕くまで治まることはないと確信する。

 そうして仄暗い復讐心を燃やしていると、ギャル共が俺の視線にはたと気付いた。


「あれ? マウスくんどうしたの~?」

「……まだ逃げてなかったんだ」

「もしかして、アタシたちと一緒にきたいん?」


 ギャル共は俺の感情を勘違いしていた。

 おそらく復讐心からくる情念を、別れを惜しむ物悲しさと履き違えたのだろう。

 実に好都合だった。


(……ああ、気が変わった。お前たちさえ良ければ、俺も旅に連れてってくれないか?)


「マ!? マウスてんてーがきてくれるなら超助かるし♪」


 俺の企みなど露知らず、赤髪ギャルは嬉しそうに笑顔をこぼした。


 ──俺一匹で旅したところで結末は知れている。

 だが、こいつらと一緒に旅をすれば、より遠くまで行き着くことができるだろう。

 その果てに、ギャル共に復讐することができたなら。


「ふふっ。マウスくんも嬉しそう」


 ああ、そうだよ金髪ギャル。俺はいま、歓喜と絶望の只中にある。

 陰鬱な願いの発露に総身が震える。

 胸の奥底から湧き上がる復讐の熱が、俺の口元をぐにゃりと歪ませる。


 そうして、はたと気が付いた。カエルの子がカエルであるように。バウマン博士の手で生み出された俺も、博士と同じ破綻者だったということに。あるいは俺の知識も自我も、すべては実験で植え付けられた博士のコピーなのかもしれない。


 きっと不出来な神への復讐を誓ったとき、博士の人生は始まったのだ。俺もついに得ることができた。引きこもっているだけでは得られなかった生きる意味を。


 旅の途中で無様に果てたとしても、それでいい。

 そのとき、ギャル共がわずかでも俺に心を預け、胸を痛めてくれたなら。たとえ何の価値もない一生だったとしても、俺は腹の底から嗤って逝くことができるだろう。


 赤髪ギャルが俺を抱き上げ、愛おしそうに頬を寄せる。


「これからよろしくね、マウス♪」


 斯くして、モルモットとギャルゾンビの奇妙な旅が幕を開けた。

 俺は知識をギャル共に授け、復讐の機会チャンスを窺いながらグルメ旅をアシストする。そうとは知らないギャル共は、俺を頼りに美味い飯にあり付いていく。そうして俺に依存するほど別離の傷が大きくなる二段構えだ。


 はたして、復讐心で繋がったこの関係はどんな結末を迎えるのか。

 その答えは、きっと不出来な神だけが知っている。


「まあ、非常食くらいにはなるか……」


(……それだけは勘弁してください)


 やっぱり早まったかもしれない。

 黒髪ギャルの呟きを聞き、俺はそう思うのだった。

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