第12話

 ラボにいたときは気付かなかったが、モルラントを倒した武器庫──もとい冷蔵庫の側面には、大蛇と見紛う太い鎖が打ち付けられていた。黒髪ギャルはその鎖を肩に掛け、重厚な冷蔵庫をカバンのように背負っている。


 ……どんな手段で持ち込んだのかと思いきや、まさか力尽くだったとは。


 納得を通り越して呆れ果てる。

 黒髪ギャルは冷蔵庫をどしんと降ろすと、俺の姿とカップメンを交互に見比べて、言った。


「……驚いた。気のせいだと思ってたけど、ホントに知性があったんだね、キミ」


 時間経過によるものか、黒髪ギャルは完全に平静を取り戻していた。

 ふたたび銃をぶっ放してくる様子もない。ようやくまともな会話ができそうだ。


(そういうお前こそ、元に戻って何よりだ。ちゃんと手は洗ったか?)


 売り言葉に買い言葉を返すと、黒髪ギャルの耳がぶわっと赤く染まる。

 どうやら幼児化していたときの記憶もあるらしい。なんとも難儀な体質である。


(まあいい。そんなことより、どうして壁をぶち抜いたんだ? 危うくカップメンがこぼれるところだったぞ)


 崩落した壁を見ながら訊ねると、黒髪ギャルは冷蔵庫をコンコンと小突いて言った。


「……見てわかるでしょ。壊さないとコレが入らなかったからよ」


 たしかに休憩室の扉はラボに比べてかなり狭い。だが問題はそこじゃない。


(わざわざ運んできたワケを聞いてるんだよ)


 重ねて訊ねると、黒髪ギャルは心底面倒くさそうに溜め息をついた。その表情は〝所詮はモルモットね。この程度のこともわからないなんて〟と雄弁に語っている。


(このやろう、いますぐお前のカップメンだけこぼしてやろうか……なーんて考える訳ないじゃないですかぁ。だからそんな睨まないで、どうかこの浅ましいモルモットめに理由を教えてくださいな。えへへへ)


 鮮やかな全面降伏っぷりに満足したのか、黒髪ギャルは俺の物腰を鼻で笑うと、冷蔵庫を運んできた理由を教えてくれた。


「……ご飯を食べるにはお箸が必要でしょう? 冷蔵庫コレには食器も入ってるから、離席ついでに取りに行ったの」


(ゾンビになっても食器を使う頭はあるんだな)


「手掴みだとネイルが汚れるじゃない」


 なるほど。思ったよりしっかりとした理由があった。

 しかし、それでもひとつの疑問が残る。


(箸だけ持ってくればよかったのでは?)


「……え?」


 青天の霹靂とばかりに黒髪ギャルが凍り付く。


 コイツ、最初はなからポンコツだったのではなかろうか。

 赤金ギャルに同意を求める視線を送ると、うんうんと生温かい頷きが返ってきた。

 よほど屈辱だったのか、黒髪ギャルは大粒の涙を目尻に溜めて、肩をぷるぷると振るわせる。


「……ミミ、やっぱりモル肉も食べよう。ハナ、そいつ生きたまま捌いて」

「え~? マウスくん頑張ってくれたし、見逃してあげようよ~」

「そーだそーだ☆ 暴力はんたーい♪」


 お前が言うな赤髪ギャル。しかし流れで食われたら堪ったものではないので、止めてくれるのは素直に助かった。


(……ほらギャル共。くっちゃべってる間に俺よりウマいモンが出来上がったぞ)


 強引に話題を変えると、ギャル共の目がきらりと輝いた。


「マ!? もう食えんの!?」 

「だってさアイちゃん。ほらほら、猟銃じゃなくて私たちのお箸出して~」

「……まったく」


 食欲には勝てなかったのか、黒髪ギャルは溜め息と共に矛を収め、冷蔵庫からそれぞれのマイ箸を取り出した。

 ギャル共がどかどかと食卓に着く。待ちきれない赤髪ギャルは引ったくるようにマイ箸を受け取ると、すぐにフタ止め代わりの瓦礫を退けた。

 立ち上った真白い湯気が赤髪ギャルの頬を撫でる。


「ふぁぁ……いい匂い~☆」


 芳醇な香りに鼻孔をくすぐられ、赤髪ギャルの表情がふにゃっとほころぶ。

 それを見た黒金ギャルもごくりと喉を鳴らし、後に続けと箸を取った。

 

「「「いただきます!」」」


 休憩室に行儀のいい唱和が響き渡る。

 古今東西、宗教的な祈り含めても、糧となった命に感謝するのは珍しい。

 食材となった被食者たち。それを育んだすべてに祈る、東邦由来の礼儀作法。

 それはただいたずらに増やされ、ただ消費されるだけだった研究材料おれからすれば、捕食者の自己満足にしか思えなかった。


(それでも、何も祈らないよりずっといいな)


 これも生前の習慣だったのだろうか。

 ともすれば──やっぱりこのギャル共は、命を顧みない有象無象より幾分かマシなのかもしれない。


「なにこれ、うんまぁぁぁっ! 箸とまらねー♪」


 赤髪ギャルがズゾゾゾゾッと麺を啜り、飛び跳ねた出汁がべしゃべしゃと俺に降り掛かる。

 

(うん、やっぱり気のせいだ)


「はぁぁ~、生き返るぅ~」

「……あったまるね」


 赤髪ギャルほどではないが、二人も一心不乱に麺を啜り、少なくない量の飛沫が俺に向かって飛んできた。


(……まったく、ウマそうに食いやがって)


 その無邪気な顔を見ていると、いままでの苦労が少しだけ報われる気がした。

 これもきっと錯覚だろう。

 とにもかくにも、俺は役目を果たしたのだ。

 これで自由な日々が戻ってくる。

 その事実を思うと、俺の中に熱い感慨がふつふつと沸いてきた。


 ギャル共が立ち去ったら、まずはオフィーリアちゃんたちの墓を作ろう。

 外に出るのはまだ怖いけど、みんなには暗い研究所の中じゃなくて、広く青い空の下で眠ってほしいから。

 ギャルゾンビと渡り合い、成長したいまの俺なら、きっとみんなを弔えるはずだ。


(じゃ、俺はこの辺で)


「おーん。まうふへんへーおふかれはまー☆」


 もう麺を平らげたのか、赤髪ギャルは取り出した生肉をもきゅもきゅと頬張りながらすんなり見送ってくれた。

 このアホ面も見納めと思うと、少し寂しいものが──


(──ちょっと待った赤髪ギャル。なに食ってんだお前)

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