第11話

 その後も台所の一部が囓り取られたり、フロアの三分の一が穿孔せんこうないし爆砕したものの、どうにか赤髪ギャルにお湯を注がせることに成功した。


 最後に手頃な瓦礫をフタ止め代わりにして、ミッション・コンプリート。


 あとは完成を待つだけだ。

 これまでやりたい放題だった赤髪ギャルも、いまだけは机の前で鼻歌を口ずさみ大人しくしていた。

 荒れ果てた休憩室につかの間の平穏が訪れる。


(……疲れた。本当に長かった……)


 お湯を注ぐだけで死にかけるなんて、いったい誰が想像できただろう。

 俺はどっと押し寄せてきた疲労に敗けて、重く長い溜め息を吐く。

 そうしてカップメンの横でぐったり寝そべっていると、疲労の原因が太陽のような笑みを浮かべて近づいてきた。


「おつかれさま~♪ いやー、マウスてんてーがいてくれてマジ助かったわ☆ 感謝感激? アメ舐めたーい!」


(そりゃどうも。暑苦しいからちょっと離れてくんないかな)


「そんなツレないこというなし~♪」


 俺の訴えなど聞く耳持たず、赤髪ギャルは更にずいっと顔を寄せてくる。

 人類の美醜に興味がないが、眉目秀麗びもくしゅうれいという言葉はこういう顔立ちのことを言うのだろう。


 流麗なまつ毛に覆われた、くりくりと丸い深紅の瞳。ツンと尖った形のいい鼻に、ふっくらと緩やかな弧を描く乳白色の頬。無邪気な微笑みで尖った八重歯をのぞかせるのは、鮮血を思わせる艶やかな唇。


 それがいま、手を伸ばせば触れられるほどの距離にあった。

 直視してると丸呑みにされる気がしたので、いたたまれずに目を逸らす。

 そんな俺の態度も意に介さず、赤髪ギャルはあくまで朗らかに言葉を紡ぐ。


「ほら、アタシらめっちゃ協力したじゃん? 一緒にシセンショーさまよった仲じゃん。ということはもうアレよ。あの……えーと、アレだ! 〝同じカマ掘ったマブ〟ってやつ☆」


(忘れた言葉をムリして使うな。俺もお前も神に誓ってカマなんざ掘ってないし、まだ何も食ってないだろ。俺は釜茹でにされて死線をさまよったけどね?)


「こまけーこたぁいいっこナシナシ♪ ほれほれ、労わせろー☆」


 そう言って、赤髪ギャルは疲労困憊で動けない俺をわしゃわしゃゴシゴシ撫で回し、おまけに顔を埋めて深呼吸をかましてきた。労いどころかとんだ辱めである。


「はぁぁぁぁ……生乾きのモルモットってクッサ☆ クセになりそー♪」


(やろう、ぶっころしてやる!)


 そんな出来もしない啖呵を心の内で叫んでいると、離席していた金髪ギャルがひょこっと戻ってきた。


「ただいま~。いい匂いが廊下まで届いてきたよ~」


(ほらみろ。俺は臭くなんてない。わかったらいますぐ顔を退けろ)


「お料理の話だよ? マウスくんは、あとでお風呂に入ろうね~」


(……臭くないもん。ホントだもん)


 でも、風呂はしばらく遠慮したい。

 そうしてふて腐れてた俺とは対照的に、赤髪ギャルは嬉しそうに顔を上げ、キラキラと目を輝かせた。


「おかえりハナ! 見てみて♪ アタシとマウスでちゃんとカップメン作れたよ☆」

「うんうん。えらいえらい。ふたりとも、ありがとね~」

「ぅえへへへ♪ もっと褒めてー☆」


 金髪ギャルが俺たちの頭をよしよし撫でると、赤髪ギャルは気持ちの悪い声を出してへにゃっと顔をほころばせた。


(……あれ、黒髪ギャルはどこいった?)


「ああ、アイちゃんなら──」


 金髪ギャルが休憩室の入り口に視線を向ける。

 開きっぱなしの扉の先には、たしかに黒髪ギャルの気配があった。

 しかし何をまごついているのか、なかなか姿を現さない。


(もしかして、まだポンコツなままなのか?)


 そう思った次の瞬間。

 鼓膜を震わす轟音と共に、廊下側の壁から〝脚〟が生えてきた。


(何事ぉ!?)


 分厚いブーツを履いた白い脚が、扉横の何もない壁から突き出している。

 それが前蹴りをかました黒髪ギャルの御々足ということはすぐにわかった。

 問題は、奴が何を思ってヤクザキックをぶちかましたかということである。これが癇癪による蹴撃しゅうげきならカップメンを守らなくてはいけない。

 だというのに──


「よしよしよしよし~」

「どぅえへへへ☆ と~ろ~け~るぅ~♪」


 赤金ギャルはこの非常時でも撫でくりむつみ合っていた。

 役立たず共めと舌打ちしつつ、俺は悲鳴を上げる身体に鞭を打って身構える。

 そうして通算四度目のヤクザキックが炸裂し、ついに休憩室の壁が崩落した。


(……きた)


 立ち上る粉塵の中から、ズシン、ズシンと重厚な足音が近づいてくる。

 そうして、緩やかに晴れたケムリの中から現れたのは──


「……ただいま」


 巨大な冷蔵庫をギターケースのように背負った、シラフの黒髪ギャルだった。

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